いつかどうしても悲しいときに | ナノ

「いっしょにご飯食べよ!」
 窓から入る風が刺すような冷たさになった。騒がしい教室内は食べ物の匂いが広がってきている。前の席の人がいなくなったと同時に、私はユズルの席の前に立つ。お弁当の入った小さなトートバッグを見せると、ユズルはうん、と首を縦に振った。
 この間観たという映画や、服の話。どうでもいいようなことを、私とユズルは延々と話す。少し前までは、バスケ部の話もしていたけど、もう今はしない。あれだけしていたのに、今は避けて通る話題になってしまった。
「青峰くんがまた」
 ふざけたことを言って、と続けたが、長くは続かなかった。すぐにばつの悪そうな顔をする。 ユズルも、少し気まずそうな顔をしていた。ああ、ええと、とか間を持たせようとする意味のない言葉が続く。
「さつき、あのね、わたし、志望校決まったの」
 ユズルは確かに、そう告げた。目線をお弁当に落としたまま、顔をあげれない。ユズルの遠慮がちな視線が、私に向けられている。
「都内の新設校にしようと思うの」
「それは…」
 ユズルの言葉は、私の希望を打ち砕くものだ。私が望んだ高校生活は空想のものとなる。こんなにもこだわり続けるのはなぜか、分からない。それでも、ユズルと同じ制服を着て、青峰くんと、三人で、バスケに関わっていたかった。薄々は感じていた。ユズルだって、したいことがあるのに、私の我が儘で我慢させてしまう。そんなことはしたくないけれど、一緒にいられると言う環境は、私の我が儘を、幼馴染みというモノでカモフラージュさせてまで押し通そうとしていた。秋風が、髪を揺らす。
「大ちゃんは、さつきも知ってるだろうけど、まだ明確に決まってないだろうから分からない。特別バスケ部が強いって聞いたこともないし、多分大ちゃんとは違うと思う」
「…………」
「二人と一緒にいるのが一番いいと思うけど、でもね。これからは何もかもまかせっきりの、誰かに助けてもらうばかりのわたしじゃ嫌なの。わたしのことをわたしで決めれないなんて、情けないことは、したくない」
 ユズルはまっすぐ私を見ていた。今まで私は誰を見ていたのだろう。守ってあげなきゃという誰から頼まれたわけでもない謎の義務感にとらわれていた。ここにいるのは、同い年の、一人の女の子だ。少し大人しい、涙もろい女の子だけど、赤ん坊じゃない。私と同じだ。歩けないわけでも、文字が読めないわけでもないのだ。私はいつからか、ユズルを守らなくてはという意識に囚われていた。私がいなきゃ何もできないと、決めつけていたのだ。それがどうしてか、ずっと手元に置きたいという汚い願望へすり替わっていた。私は、誰かの人生を強制できるほど、偉い人間でもないのだ。
「うん…ユズルがそう言うなら、それで大丈夫だよ」
 私の言葉を聞いたユズルが、へにゃりと笑う。ああ、私の知っているユズルは、ここにいる。
 少し潤んだ視界に、ユズルが歪む。瞬きの間に見えたユズルの目のふちに涙が溜まっていたことを、わたしは見逃さなかった。私達は、こんなにも近い距離にいて、一生の別れではないのだ。メールだって、電話だって、家から歩いてすぐの場所に私達はいるのだから。
 はやく青峰くんがどこへ進学するか決めてくれればいいのに。そうしたら、ユズルとお互いに受験勉強だって頑張るのになあ。
 
20121017
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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