いつかどうしても悲しいときに | ナノ

 ゴールデンウィークも後半に入った。五月にしては蒸し暑く、うだるような朝だった。滅多に休みのない帝光中バスケ部だけど、今日だけは珍しく休みだった。明日からはまた変わらない毎日が続いていく。
 五月四日、わたしは大ちゃんの家にいた。昨日、大ちゃんから朝十時にオレん家集合な、と連絡をもらったのである。やろうとしていることは大体想像がついている。そういうわけで、九時五十五分、わたしは大ちゃんの家のチャイムを鳴らした。出てきたのはおばさんだった。大ちゃんは、と尋ねるとまだ寝ているらしい。起こしてやって、と笑うおばさんに連れていかれるままにあがらせてもらう。大ちゃんの部屋の前でノックをしてみるが、やはり反応がない。
「大ちゃん、入るよ」
 きいと、開けていれば微かに寝息が聞こえる。昨日から窓を開けていたのか、カーテンが靡いている。不用心だなあ。投げ捨てたのであろう鞄から、教科書やノートが飛び散っている。拾い集めて机の上に置いたところで布の擦れるような音がする。振り返れば、大ちゃんが布団を蹴っていた。暑いのか、眉間にしわが寄っている。
「大ちゃん、朝だよ、起きてよ」
「…………」
 返事はない。わたしなりに大きな声で言ったつもりだったのに。肩を叩けば振りはらわれた。もう起きているんじゃないかと思うくらい素早い行動だった。不機嫌そうにうなった大ちゃんはごろんとわたしに背を向けるように寝がえりをうった。
「大ちゃんってば」
 ゆさゆさと揺さぶれば、ゆっくり、ほんとうにゆっくりと大ちゃんは目を開けた。わたしの姿をとらえると、もう一度目を閉じた。しばらくして、のそりと起き上がった。ちょいちょい、と手招きをされたので近づくと、ぐんっと引っ張られた。急な、中学一年と言えども力強い引力に逆らえずわたしもベッドにダイブすることとなった。顔を胸板に押し付けられて息苦しい。大ちゃんのシャツしか見えない。この状況を打開すべく少し暴れてみたものの、腰あたりに回る腕がきつくなりわたしの身体が悲鳴をあげた。
「もうちょっと寝てようぜ…」
「大ちゃんが、呼んだんだよ……はやくしないと、さつき帰ってきちゃう…」
 さつき、に反応した大ちゃんはようやくわたしを解放してくれた。ああ、と思い出したように声を出した。
「もう十時だよ」
「んあ…そっか…おはよ」
「おはよう」
 さつき何時くらいに帰ってくるっけ、と聞きながら大ちゃんは着替え始めた。四時って言ってた、と答えれば大ちゃんは机の上の時計を一瞥した。
「朝飯くってから作るか」

「大ちゃん、チョコペンは?」
「そっちのボウルに湯煎してあるだろ」
「はっぴーばーすでい、さつき、だからね。間違えないでね」
 馬鹿にすんなという言葉と同時に拳が降りてきた。粗熱をとっているスポンジケーキを横に、わたしはボウルの中の生クリームを泡立てている。大ちゃんが白いプレートチョコに、覚束ない手で文字を書いていく。プレートは任せて、わたしはデコレーションにとりかかる。力作だぜ、という大ちゃんの声を聞きながら、生クリームを均等に塗っていく。一面真っ白になるスポンジケーキ。わたしのできたよ、という声に大ちゃんが先ほどのプレートチョコを乗せて。
「完成だな」
 と、思った。得意げな顔の大ちゃんと、完成したはずだったケーキを交互に見る。
「なんだよ」
「バースデイ、はb、i、r、t、h、d、a、yだよ…」
 プレートには歪んだ字でbasudayと書かれている。ハッピーのスペルは合っているのに、まさかのスペルミスだ。指摘すると大ちゃんはまさか間違えていたなどとは思っていなかったらしく、火のついたように顔を赤くした。先に言えよ!とぎゃんぎゃん文句を一頻り言った後、あーもうやだ、と両手で顔を覆った。その後、ぽつりとさつきなら大丈夫だよな、と呟いた。
 
「お誕生日おめでとう、さつき」
「誕生日おめでとさん、さつき」
「ありがとう!」
 両親とともに帰宅したさつきの家にお邪魔して、先ほど作ったケーキを差し出す。どこかで遊んでいただろうさつきの肌は少し日焼けしていた。
「あっ」
 スペルミスに気付いたさつきに、こそっと耳打ちをする。
「大ちゃんがね、自信満々に間違えたの」
「ユズル!黙っとけよ!」
 仕方がないなあと笑うさつきと、照れ臭そうに怒る大ちゃん。体格は大ちゃんのほうが勿論大きいけど、こうやって見ると大ちゃんのほうが子供っぽい。今日から少しの間、さつきがお姉さんになる、始まりの日だ。
 
 
20120606
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