いつかどうしても悲しいときに | ナノ

 今回の件は、事故と言うことになった。ユズルちゃんがそう言ったらしい。でも、青峰っちからは一発殴られた。あの女の子は、ずっと泣いていた。オレはこんなことされて嬉しいわけでもない。ユズルちゃんの言うとおり、オレとこの子は恋人同士でもない。そう言えば、その子はずっとごめんなさい、と呟いていた。
 当たり前だが、機嫌の悪そうな青峰っちがオレを呼びに来た。
「ユズルが、お前の心配してるから一度会いに行けよ」
 今度こんなことがあったらゆるさねー、そう言い残して青峰っちは帰っていった。オレを心配、とは可笑しな話だ。オレはあの子とユズルちゃんの話を全部知っていて、知らないふりで見ていただけだった。止めることはいつでもできたはずだ。青峰っちが怒るのも分かるから、オレは黙って殴られたのだ。そんなの、こっちが悲しくなってくる。
 
 保健室には誰もいなかった。カーテンが閉められているベッドに行けば、気配に気づいたのか小さく、オレの名前を呼ぶ声がした。
「ユズルちゃん」
 ユズルちゃんの名前を呼んでカーテンを開ければ、ユズルちゃんがいた。転げ落ちたために、打撲したのか夏服からみえる不健康そうな腕に青痣がいくつもできていた。額にはガーゼが貼られている。これだけ痛々しい姿になった原因がオレにもあることを否定できず、顔を合わせづらい。ベッドに腰掛けると、言葉が出てこなかった。
「……大丈夫、だった?」
 それはオレそ台詞だ。頷いて見せれば、よかった、と小さくユズルちゃんは呟いた。
「アンタは、オレを責めないんスか」
「黄瀬くんのせいじゃ、ないよ……わたしが嫌で、あの子はああして、わたしが勝手に落ちたんだから…………」
「…………」
「あの子が思うほど、黄瀬くんは、わたしのことなんか気にとめてないのにね…」
 ユズルちゃんを見れば、困ったように笑っていた。なんで、そんな笑ってんだよ。オレを責めてもいいだろ。オレは見て見ぬふりをしてたんだ。最初にオレが止めていれば、ユズルちゃんだってぼろぼろにならずに、青峰っちだってあんな顔をせずに、桃っちだって泣かずにすんだんだ。ユズルちゃんのどうしようもない優しさが痛い。唇をかみしめると、つうっと水分が頬を降りていくのを感じた。なんで泣いてんだ。どうせ情けない顔をしているのだと、声を殺しながら俯いた。それでも静かな保健室にはオレの泣き声だけが満ちていく。オレの嗚咽が止まる頃、今度は別の方向から嗚咽が聞こえた。ユズルちゃんだ。ユズルちゃんを見ると、布団を握りしめて泣いていた。
「ユズルちゃん」
「…ごめんなさい…」
「なんで、ユズルちゃんが謝るんスか」
「だって、黄瀬くんに迷惑かけたし、黄瀬くんが泣いてるから…」
「なんで、そんな」
 オレのことをちゃんと見てくれていたのに、オレは何にも出来ずに、こんなことになってしまったというのに。さっきのユズルちゃんの言葉は間違いだ。気にとめていないのなら、あそこで追いかけなかった。好奇心からだとしても、ユズルちゃんに少なからず興味は持っていた。オレは涙を袖で拭うと、ポケットに入れてあったハンカチを取り出すと、ユズルちゃんの涙を拭うために腕を伸ばした。されるがままにオレに涙を拭われるユズルちゃんはくすぐったそうに眼を閉じる。
「今回のことは、オレが悪いからユズルちゃんが謝ることないっス。そうやって、なんでもかんでも自分が悪いとは思わないで…」
 ユズルちゃんは目を丸くさせてオレを見た。しばらくオレをみたあと、少し笑ってごめん、と呟いた。また謝ってるっス、と指摘すれば恥ずかしそうに俯いた。
「さっき、オレが気にとめてないって言ったけど、アレは間違いっスよ。オレは、気にも留めない相手のために泣いたりしないっスら」
 そう言えば、ユズルちゃんは笑ってくれた。いつもの困ったような顔や、俯いているような顔ではない。青峰っちや、桃っちに見せるような笑顔だ。
「ユズルっちは、そうやって笑ってる方が可愛いっスよ!」
 ユズルっちの、長い前髪をよけて笑って見せれば、ユズルっちも、恥ずかしそうに笑ってくれた。
 
 
20120531
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