いつかどうしても悲しいときに | ナノ

 ここ最近、ずっと見ていて思ったが、おそらくユズルちゃんは優しい。テスト前は桃っち青峰っちの面倒をよく見ているらしい。多分桃っちはそこまで必死にやらなくてもいいだろうけど。たまに青峰っちが美味しそうな弁当を食べていると思えば、ユズルちゃんらしい。桃っちの分も作るという。緑間っちにも、ラッキーアイテムを譲る姿を見かける。キャプテンに連れ回されている姿もよく見かける。紫っちも、あの紫っちが、まいう棒をわけているのも見た。おそらく、他人のことを優先しているのだろう。そんなことをしていて楽しいのか、と思うが嫌そうな顔はしないので楽しいのだろう。
 夏の暑さは、しんどい。制服の白さが目立つ教室内は少し目が痛い。
 あの時恨み事を呟いた女子が、ユズルちゃんと話している。ユズルちゃんは本を読んでいたらしく、手に本を持ってた。巨大な壁のように立ちはだかるその女子は、にやにや笑いながら何か一方的に話している。ユズルちゃんはすぐに顔を俯かせていた。その様子に満足したのか、その子はユズルちゃんから離れていく。オレの姿を見つけたらしいその子は、オレに笑顔で近づいてくる。
「何か話してたんスか?」
「えー?声が小さいからさ、全然聞こえないんだけどって話!」
 にこにこと話すその子は、絶対それだけではないだろう。性格も、癖もそうそう簡単に変えれないし、正直ユズルちゃんの声が小さいから迷惑するってのも、よくよく考えれば可笑しい話だ。キミのそのゆるく巻かれた長い髪は暑苦しいから切ってくれって言うものなんじゃないか?
「黄瀬君の睫毛、長くていいなあ」
 ほんと、女の子は訳の分からないことばかり言う。
 
 それから何度か、ユズルちゃんとその子が一緒にいるのを見かけた。どうせ一方的に何か言っているのだろう。よく飽きないなと思う。
 何も言い返さないユズルちゃんにいらついたのか、その子は無理矢理ユズルちゃんの腕を掴んで教室を出ていった。ばさ、と落ちたユズルちゃんの本だけが置き去りにされた。騒がしい昼休憩の教室ではそんなこと誰も気にとめないらしい。少しの好奇心に駆られて、オレもゆっくり二人の後を追うことにした。
 行きついた先はあまり人気のない階段の踊り場だった。二人の声だけが響いている。
「マネージャーだかなんだか知らないけど、黄瀬くんに色目使うのやめてくれない?話しかけるのも」
「……部活の連絡、できなく、なるんですけど…」
 ユズルちゃんのことだから、絶対黙っていると思っていたが、そうではないらしい。上の方、柱の影から見下ろしてみると、相変わらずユズルちゃんは俯いている。ただ、上から見ているので表情まではよくわからない。
「他の子がやればいいでしょ!とにかく、黄瀬くんをたぶらかさないで!」
 別に、色目もなにもないと思うんだけど。あのユズルちゃんだ。
「えっと…わたしは、そんなことしてないんですけど……」
 かろうじて聞こえるユズルちゃんの声に、ヒステリックな声が重なる。
「き、黄瀬くんは…きっと、女の子に色目を使われて、…すぐ靡くような人じゃないと思うん、ですけど…」
 そりゃそうだ。別に女の子にべたべたされても今は夏だから暑いくらいにしか思わない。ふとしたことに色気は感じるものの、あからさまなものには感じない。そんなにさかっていない。ユズルちゃんのほうが、オレのこと分かってんじゃん、とちょっと笑ってしまう。その子は心当たりがあるのか、そんなことはよくわからないが、黙ってしまった。
「あと、黄瀬くんは黄瀬くんだし、その…恋人でもないなら、そうやって黄瀬くんを、制限というか…そういうの、よくないと、思います…」
 その言葉がいけなかったのか、女の子は、何が分かるのよ、と叫んだ。頭に血が上ったのか、その子は右手を振り被った。流石に駄目だ、と思った。だけどオレが止めに入るよりも早くその子の腕は振り下ろされる。突然現れたオレに気を取られたその子は青ざめた顔でオレを見る。その子の手はユズルちゃんに当たることなく空を切った。すんでのところで後ろに下がって避けたユズルちゃんもオレに驚き、口を開いたところで、もう一歩下がった。下がった先に階段は続いてなくて、オレがユズルを叫んで手を伸ばそうとした瞬間、落下した。女の子の甲高い叫び声がする。へたり込む女の子を余所に、オレは階段を駆け降りた。


20120531
20120608 加筆修正
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