いつかどうしても悲しいときに | ナノ

 今日は朝から藍川の顔が白かった。確かに色白ではあるが、本当に色を失ったような白さだった。足取りも覚束ない。授業はなんとか耐えきったものの、いつ倒れてもおかしくない位だった。大丈夫かと声をかけると、だいじょうぶ、となんとも頼りない声で返事が返ってきた。
 
 部活に出れば、桃井の姿が見当たらない。聞いた話によれば、今日は風邪で欠席していたらしい。桃井の代わりに頑張ろうとしていたのだろう。桃井が風邪ならば四六時中一緒にいた藍川も風邪の可能性が高いだろう。あの時聞いた「だいじょうぶ」は、自分に言い聞かせるような感じがした。今日はよく体育館内を走り回る姿を見かける。いつもは三つ編みをふたつ、髪を結っているが、今日は高い所で一つ結びだ。髪を結ぶのは桃井らしいが、今日はいないので青峰が結んだらしい。不器用そうに見えるが割と綺麗に結っていた。二つに結ぶだとか、分けたり編み込んだりするのは出来ないらしい。この男が髪を結ってやるという姿は大変貴重で、皆遠めに二人を見ていた。
 部活も終わり、人もちらほら帰り始めた。豪快に揺れる髪も、時間がたつにつれてあまり揺れなくなった。大分疲れてきたのか、うっすら汗をかいて、呼吸も浅い。走り回ったせいだろうかと思ったが、依然顔色は悪い。自主練する部員しか残らなくなった時間はもうマネージャーの姿も見えない。いつも、青峰を待つ桃井と藍川が残っているくらいだ。青峰がまだコートに残っているが、藍川の姿が見当たらない。この時間帯なら体育館の隅でビブスやタオルをたたんでいるはずだ。俺はボールをしまい、体育館を出た。

 外はまだ明るい。夏を迎えた夕方は、まだ明るく、電灯もつかない位だ。洗濯機の置いてある場所へを足を進める。洗濯置場も兼ねているあの場所は、よく藍川が仕事をしている場所でもある。
 洗濯物を通り抜けて行くと、藍川がやはりうずくまっていた。俺が近づいたのも分からないのか、相変わらず浅い呼吸で小さくなっている。
「…藍川」
 藍川を呼べば、ばつの悪そうな顔で振り返る。かろうじて口の動きで俺の名前を呼んだことが分かった。
「やはり体調が悪いのだな」
 そう言えばぶんぶんと首を振る藍川だが、ここまで体調が悪そうなのを見れば一目瞭然である。
「部活はもう終わっているのだし、体調が悪いなら…」
「…ごめんなさい…」
「…何も藍川を責めているわけではないのだよ」
「でも…お仕事終わらなかった…」
「二人分をしようとするからなのだよ」
「…わたしが、体調不良なんかに…ならなかったら…」
 ここから先は、藍川が泣いてしまい言葉にならなかった。責任感があるのはいいことだが、自分の身を滅ぼしてやるほどでもない。確かに藍川の身体は弱いが、それを責めるやつなどいないだろう。泣きやまない藍川の背中をさする。
「お前は、桃井が風邪で欠席したのを責めるか?」
 ふるふると首を振って否定する藍川はいまだに顔を膝にうずめている。
「お前が桃井を責めないように、誰もお前を責めたりしないのだよ。体調が悪いなら無理をするな。青峰も、桃井もまた心配するのだよ。今日は倒れるんじゃないかと、ひやひやしたのだよ」
 今日はもう帰れ。そう言って藍川を帰らせようにも、立つことも困難らしい。仕方ないので、おぶることにした。ひゅうひゅうと苦しそうな呼吸が首元にあたり、少しくすぐったい。しばらく歩いていると、藍川はまたごめんなさいと呟いた。
「こういうときは、ありがとうとで言うといいのだよ」
「…………ありがとう、みどりまくん」


藍川をおぶったまま体育館に入れば、青峰がボールを放って駆け付けた。事情を話して藍川を送ってやれ、と言うと青峰は鞄を取ってくると言って部室へと消えていった。藍川の荷物もあるし、しばらくは俺が見ておくか、と藍川をおろす。そのまま寝かせ、横に腰かける。
 しばらく待っていると二人分の荷物を持った青峰が現れた。青峰も、藍川もあまり荷物は持ってこないのかずいぶんと薄っぺらい鞄だ。
「ユズル、起きれるか?」
 うん、とゆっくり上体を起こす藍川を抱えて、子供をあやす様に抱きかかえた青峰は俺に礼を述べると立ち上がって歩いていった。小さくなっていく二人を見送っていると、藍川が小さく手を振った。俺も、それに応えるように手を振った。
 
 
20120529
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