いつかどうしても悲しいときに | ナノ

「青峰、ここにいたのか」
 その人は真っ赤だった。屋上、透き通るような空の青に、その人の赤い髪が映えていた。呼ばれた大ちゃんは、「赤司」とその人の名前を呼んだ。部活でたまに見る顔だ。大ちゃんと同じ体育館でよく見る。その人について知っていることを、脳裏に箇条書きしていく。連絡事項を二、三点伝えると、その人はわたしを見た。猫のような形の赤い瞳にじっと見つめられる。ずうっと人の顔を見ているのも不躾だと思い、顔をそむけたが、この行為も不躾かもしれない。ごめんなさいと心の中で謝罪をした。
「この子が、ユズルちゃん?」
 わたしの名前を呼ばれてどきりとする。怒られたりするのだろうか。嫌な汗が背中を伝う。わたしと赤司くんを交互に見比べた大ちゃんが、わたしの代わりに肯定する。
「青峰と桃井がよく話す子だね」
「そうだ」
 恐る恐る見上げてみると、その人は目があった瞬間笑って見せた。
「初めまして。オレは赤司征十郎。ユズルちゃんだよね」
「いきなり名前で呼ぶとかお前結構慣れ慣れしいな」
「青峰と桃井がユズルって呼んでるのしか聞いたことがないから名字は知らないんだよ」
「藍川だよ」
「藍川って言うんだね、ユズルちゃん」
「…………」
 頷いて肯定して見せれば、その人はまた微笑んだ。少し何かを考えた後、わざとらしく思い出したような素振りをして大ちゃんに話しかけた。
「そうそう、青峰。桃井が探してたよ」
「…………ホントかよ」
「本当さ。桃井の数学のノート、借りたままだろう?」
 心当たりがあるのか、大ちゃんはばつの悪そうな顔をした。行ってくる、とわたしに告げ、一言二言赤司くんに耳打ちすると駆け足で立ち去っていった。大ちゃんが出ていった扉をわたしと赤司くんで見つめる。ばたん、と重々しい音を立てて扉が閉まるのを見届けると、赤司くんは振り返ってわたしを見た。正直、辛い。ほぼ初対面で、さつきも大ちゃんもいない。何を喋ればいいか分からない。下手なことをいって、相手の機嫌を損ねるようなことは、したくない。「さて」一息置いて赤司くんはわたしの隣に座った。他に人のいない空間で、大ちゃんや緑間くん以外の男の人が隣に来るのは初めてで、緊張してしまう。
「ユズルちゃんのことは、緑間からも聞いてるよ。同じクラスなんだってね」
「はい…」
「正直、ユズルちゃんはオレのこと知らないだろ?」
 にこにこにこにこにこ。赤司くんはずっと笑いながらわたしに話しかける。あなたのこと知りませんだなんて声を大にして言うことが出来なくて、首を縦に振った。
「ユズルちゃんは、桃井と同じマネージャーだろう?中々一軍の体育館には来ないけど、よく洗濯物を持って歩いてるのを見るよ」
「え……」
「誰も見ていないとでも思ったのかい?」
「…だって、わたしなんか…」
「そんなことないさ。現にオレは見てたんだから。青峰だって桃井だって緑間だって、キミの頑張りを見ているさ。キミは悲観的すぎるね」
 ぐ、と声が詰まる。わたしはなにも出来ない。出来ることが少ない。それも、完璧にできているかどうかも不安だ。本当は、ほとんど何もできないわたしは、いらないんじゃないかと思う。こんなんじゃ、誰にも好かれない。体育館を走り回って、さつきのように一点に立ち止っていないのは、ずうっと居場所を探しているから。誰もいない洗濯機の前が一番しっくりきて、すこし悲しくなる。遠くで聞こえる声が洗濯機の音にかき消される空間を思い出すとじわりと視界が滲んでくる。俯いたお陰で、堰を切ったように涙がぼとぼとと落ちてくる。「オレのほうを向いて」。ぐちゃぐちゃだろう顔を見せるのは嫌だった。涙をぬぐってから、恐る恐る赤司くんのほうを見た。赤い瞳がわたしを見ている。
「キミは素直だね。青峰も桃井も言っていたけど、キミは優しくて、素直だ。キミが青峰や桃井を受け入れているように、彼らもキミを、良い所も悪い所も受け入れているよ。よく知っていて理解できているからこそ出来ることだろう?」
 わたしの顔を覗き込む赤司くん。わたしよりも暖かい手が重なる。
「そうだな、オレはキミと仲良くなりたいと思ってるよ」
「うっ、うあ、っく」
「キミを泣かせたのがばれたら青峰と桃井に怒られるなあ」
 ぼろぼろと零れる涙を、赤司くんの指が奪っていく。困ったように笑う赤司くんを困らせないように、と涙を止めようとするが、涙腺が言うことを聞かない。大人しくなるまで、結構な時間を要した。わたしが泣きやんだ頃、赤司くんがわたしの名前を呼んだ。
「そろそろ、ユズルの声でオレの名前を呼んでほしいな。仲良くなるにはまず名前を呼ぶことから始めることにしてるんだ」
 優しく、赤司くんは微笑んだ。嗚咽がおさまり、少し重い瞼を開ける。視界いっぱいが、赤い。
「赤司くん」
「…下の名前で呼んでほしいな」
「せい、じゅうろうくん…」
「なんだい、ユズルちゃん」
 名前を呼んでと言われて名前を呼んだのにまさか、なんだい、だなんて返答が返ってくるとは予想外だった。笑う征十郎くんにつられて、わたしも笑う。
「ふふ、呼んだだけ」
「そうかい。ねえユズルちゃん」
「なに、征十郎くん」
「呼んでみただけさ」


20120610
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