Love Call from the World | ナノ

 三雲は東京ヴィクトリーの中でも若手と呼ばれる選手だった。それでもレギュラーの座を掴んでいる三雲みはかなりのプライドというものもある。そんな三雲に、少し困ったことがあった。先輩にあたる持田から、嫌がらせとも思えるような弄りを受けることだった。三雲は勿論持田も立派な成人男性であるが、持田はまるで思春期の男子中学生のような感じで三雲に接してくるのだった。
 三雲が彼女を作ればどこの週刊誌記者だと思うほどに持田は素早く熱愛から破局まで情報をキャッチしてくるのだった。本人いわく「三雲が俺の行く先々にいるんだよねー」らしい。そんなこんなで練習前やら練習後にあの女お前の彼女?だとかあの女とはどう?なんてしつこく聞かれるのだった。そのせいで常に三雲の恋愛事情は持田からチームメイトに流通しているのだった。あの城西でさえ首を突っ込むようになった。なんだかんだで人の不幸は蜜の味なのだ。お陰で外出すればどこかに持田がいるのではないかとびくびくするようになった。
 なあ三雲なんか食いてえよな、は三雲飯奢れよという意味だと三雲は理解した。最近のベストセラーを読んでいると言えば結末をネタバレされるわ、召使いのような扱いを受けるわ、散々である。
 それでも持田はやっぱり先輩で、三雲が初ゴールを決めた日には食事を奢ってもらったのだ。あの持田さんが俺のために!と三雲は目頭が熱くなったのを今でも覚えている。練習中の助言はたとえ口が悪くともチームのため、三雲のためになることである。弄り倒すことを止めてくれたら、持田は三雲にとって最高の先輩なのである。

 最近、練習を見に来る子どもがいる。近くの私立小学校の制服を着た、女の子だった。珍しいもんだと三雲が子どもを見ていると、なんと監督の平泉と会話しているではないか。まさか平泉さんには隠し子がいたのか?と疑い食い入るように見つめていると、視線に気づいたのか二人が三雲の方へと振り向いた。平泉の口からこの女の子は姪であることが説明され、誤解は解けたのである。人見知りなのか平泉に隠れるようにこちらを見る子どもに、三雲はどう対応してよいのか分からなかった。しかしそれも数分のことで、平泉を交えて話しているうちに慣れてきたのか「三雲お兄様」と呼ばれ談笑できるようになった。お兄様なんて呼ばれる柄でもないし、そんな呼び方は漫画か小説の中だけだと思っていた三雲にとって、それはそれは恥ずかしいものであった。
「なにこのチビ」
 三雲の後ろからにゅっと現れた持田は、女の子を見下していた。蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった女の子を気にもせず、持田は女の子の頭をぐしゃぐしゃにしたり頬を引っ張ったりやりたい放題していた。何が起こっているのか理解できなかった女の子は段々と事態を把握してきたのか、抵抗を見せてきた。それすらも面白いのか「うけるー」だとか笑い声をあげて構い続けている。ついに我慢できなくなったのか、女の子は必死に持田へ攻撃し始めた。痛くもかゆくもねーよとなおも笑い続ける持田に、ついに決定打が下された。女の子が持田の足を踏んだのだ。予期せぬ痛みに思わず持田が呻き離れると、女の子は勝ち誇った顔で持田を見た。そしてすすす、と三雲の後ろに隠れた。俺を巻き込むのは止めてくれないかというのが三雲の素直な気持ちであったが、相手は幼い子供なのだ、そうやって突き放すわけにもいかず、大人しく見守るのであった。
「テメェ……」
 地を這うような低い声が死刑宣言のように響いた。ぎっ、と持田は三雲の後ろの女の子を睨みつけるが、三雲はもう自分が睨みつけられているような気がして生きている心地がしなかった。ふんっ、と持田を挑発するような声に持田の睨みは益々鋭くなっていく。
「あなたが悪いのよ!失礼よ!」
「お前チビのくせに生意気だな。年上に対する礼儀とか習わなかったワケ?」
「あなただけには言われたくないわ!いきなりチビ呼ばわりするし、頭ぐしゃぐしゃにするし、ほっぺ引っ張るし!それにわたしには知世って名前があるのよ!」
「チビで十分じゃねーか…あーハイハイ知世ちゃんねー」
「すっごい腹立つ!」
「持田さん、それくらいに…」
 ヒートアップしていく言い争いにとりあえず終止符を打とうと、三雲は意を決して仲裁に入った。「あ?」と柄の悪い男よろしくものすごい不機嫌そうに睨まれた三雲は思わず震えあがった。震えが女の子―――知世にも伝わったのか、知世もびくりと肩を震わせ、三雲のシャツをぎゅっと握った。それを見た持田は、三雲と知世を交互に眺めると、そのままふむ、と思惟し始めた。
「あーナルホドね、はいはいはい」
 一人で納得したようににやにやする持田に、二人は同じように頭に疑問符を浮かべた。
「お前らなんか雰囲気似てんだなー。なんかスゲー苛めたくなるっつーか弄りたくなるっつーか」
「三雲お兄様と…?」
 こちらを窺うように控え目に見上げる瞳が、三雲を捉えた。自分との共通点を探す様に、じっと三雲を見つめていた。こうも真剣に見つめられると、三雲も照れてしまう。目を逸らそうにも何故か逸らしてはいけない気がしてそのまま知世の瞳を見つめる。
「お兄様?三雲が?何三雲の妹なわけ?」
「いえ、平泉監督の姪だそうですよ」
「なのにお兄様かよー!マジうけるー!」
「うるさいわよ持田!」
「はあ?なんで俺は呼び捨てなわけ?俺にもお兄様ーって言えよ」
「あんたなんて持田で十分よ!」
「ほんっと生意気だなーほら言ってみ、お兄様って」
「持田鬱陶しい!」
「おいおい知世ちゃん持田お兄様ーって呼んでくれよー」
 こっちにくるなと言わんばかりに知世は三雲からも持田からも離れて行く。知世を追いかけるように持田は楽しげに一歩一歩知世に近づいていく。ぎゃあ!と悲鳴をあげながらも持田から逃げる知世にはもう三雲は見えてないらしい。持田は目の前の新しい標的に狙いを定めたのか、実に楽しそうである。全力疾走で逃げ出した知世に、持田は軽く走りながら追いかけまわしている。可哀想だと思う反面、もしかしたら自分への嫌がらせは減るんじゃないかと思わず期待してしまった。
 知世ちゃん、頑張れ。三雲は二人が消えて行った方向を眺め、心の中でそう呟いた。

 それから三雲の期待した通り、知世が練習を見にくる日、持田の弄り倒す対象は知世となった。もう三雲の恋愛事情をリークされることはなくなった。小さな嫌がらせはされるものの、他に自分だけ呼び捨てなのが気に食わないのか、「三雲お兄様」とからかうように呼ばれることになるくらいで、三雲は快適な生活を過ごしていた。
 知世ちゃん、どうもありがとう。君は尊い犠牲だ。
 三雲は知世に同情しつつ、心の中で知世に感謝し、持田の弄られ役を応援するのだった。



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