だってだってなんだもん | ナノ

 告白いたします。
 わたしは、真太郎くんが好きです。
 物静かであるところも、しんしんと降り積もる雪のように胸に熱い思いを秘めているところも。ぐらぐらと情熱を秘めているのに物静かな瞳が、わたしを映すとき、どうしようもなくわたしは恥ずかしく、またときめいてしまうのです。
 女である見のわたしよりも、長い睫毛だとか、美しい振る舞いだとか、ついつい見惚れてしまうのです。よくわからない小物でさえも、彼の一部として、泰然たる態度で存在し一際彼を輝かせているのです。
 そんな真太郎くんがわたしのどこを好きになったのか、理解するのは少し先のことで、少し悲しいものでした。
 
 太陽も沈み、夜の帳が降りる頃、真太郎くんは学校での行動を終えます。わたしは終業のチャイムと同時に終わるのですが、真太郎くんはそうではないのです。バスケ部での活動があります。一緒に帰ろうと約束をしているのわけではないのですが、わたしはこうやって真太郎くんの部活が終わるのを待っています。教室で待つのも手持無沙汰ですし、わたしは図書室へ向かいます。色とりどりの、揃えられた布地のカバーを、適当に手に取り、物語を読んでいきます。短編集はひとつふたつ、読み終えてすっきりしますが、長編であるといつも良い所で終わってしまいます。図書室の先生が閉館を告げる頃、真太郎くんはやってきます。進学校であるこの学校では、図書館の閉館時間も長く、真太郎くんの人事を尽くすにはちょうどよい時間のようです。真太郎くんの元へ向かうと、真太郎くんはわたしの髪を撫でます。頭ではなく、髪を。丁寧に梳いていきます。わたしはふたつに縛っているのですが、それでも真太郎くんは梳きます。指がすうっと降りていく。さらさらと、水のように。真太郎くんは、よくわたしの髪を手に取るのです。
 それから、あまりはっきり見えない夜の中を歩いていきます。たまに、高尾くん、という男の子が自転車でリヤカーを引いていきます。これはじゃんけんだそうですが、人事を尽くしているので負けるはずがない真太郎くんのついでに、わたしも乗せてもらっています。さすがに悪いと断ったのですが、ふたりとも譲らないので、こうやって一緒に帰ったりしています。途中で高尾くんと別れたあと、わたしたちは再び歩き出します。密着、なんて言葉からはほど遠く、手を繋ぐにはもう一歩横に動かなければならないという微妙な距離感のままわたしたちは歩きます。
 こうやって帰路を共にするほか、わたしたちはあまり恋人らしい行動をしません。つい最近、真太郎くんの家に招待されました。すぐに真太郎くんの部屋に通され、わたしは緊張らしい緊張も出来ずにいました。飲み物を持ってきた真太郎くんは、まだ黙ったままで、わたしは何をしているのだろうと不安が胸を覆いました。「わたしのどこが好き?」だなんて陳腐な台詞が脳内を埋め尽くします。確かにあの時、好きだと言われたのですが、何が、とは言わなかったのです。
 沈黙を破ったのは真太郎くんでした。珍しく、目を合わさず、俯いたままに喋り出したのです。
「あかねの」
 わたしの。その次にでてくる言葉は何なのか、気になって仕方がなく、おもちゃをもらった子供のようにわたしはわくわくしてしまいました。
「あかねの髪が好きなんだ」
 わたしではないのですか。とても、とてもがっかりしました。それからバスケのゴールを見据えるのと同じくらい真剣な目で、わたしを見ました。わたしをはじめて見たとき。長い髪を風になびかせていたこと。それに見惚れたこと。わたしが髪を縛ったので露わになった項に興奮したこと。わたしの髪を梳いている時が一番、充たされると言うこと。
「食べたいくらいなのだよ」
 髪の毛が口に入ったら、とても違和感で思わずえすきそうになるのに。髪の毛の感触なんて、下にこれでもかというほど余韻を残していくのでわたしは好きではありません。
 真太郎くんが愛の言葉を紡ぐのがまさか、わたしの髪に向けてだなんて思ってもみなかったけれど。
 わたしは真太郎くんの、静かながら何かを秘めている、嵐の前日のような瞳に見つめられると、どうにでもしてくださいというような、全てを投げ出したくなるのです。わたしも真太郎くんの瞳が好きだと思うと、真太郎くんがわたしの髪が好きだと言うのも、すこしだけ、すこしだけ、理解できたような気がしました。
 
20121122
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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