だってだってなんだもん | ナノ

 花嶋はドジで、よく転んだ。膝小僧に擦り傷を作っては泣いていた。そうやってると、誰かが慰めてくれていたが、黄瀬は違った。黄瀬と花嶋ふたりきりで花嶋が怪我すると、黄瀬は泣きだした花嶋の傷口に舌を這わすのだ。花嶋は目を丸くさせたあと、傷口から全身を駆け巡る痛みに我慢できなくて火がついたように泣いた。そんな花嶋を笑うわけでもなく、ただぼうっとしたように黄瀬は舐め続けていた。
 舐め終わった黄瀬は、よくわからない満足感に覆われる。ぽやんと、寝起きのような感覚になる。花嶋はそんな黄瀬を、すこし可愛いと思うのだ。
 困った顔と泣き顔が好きだなんて、言えなかった。黄瀬が満足するまで舐めたあと、きちんと流水で傷を洗い流して、簡易な手当てを施した。このときも水が滲みるのか、花嶋は歯を食いしばった顔をしている。もう泣かないのは、ただ単に泣き疲れたからだ。疲労が見え隠れする声で、花嶋は「なんで」と切り出す。
「なんで涼太くんは血をなめるの?おいしくないし、汚いよ」
 泣き腫らした目は傷口を見つめている。黄瀬は一度考える。なんでだろうか? 血は舐めるものではないと、黄瀬は知っている。それでも花嶋から流れ出る血に引き寄せられるのだ。花嶋が怪我しているのをみると、なんだかぽうっとしてしまう。何も考えないで、当たり前のように、反射で行動してしまう。
「多分、興奮するからっス」
 興奮、と言葉にすると小学生ながら羞恥心が芽生えた。頬が熱くなる。そう言ったとき、花嶋はきょとんと眼を丸くしていたが、興奮、と黄瀬の言葉を繰り返した。舌足らずな、泣き疲れて少し枯れた声で繰り返されるそれは、黄瀬が放ったそれとは別の単語のように思えた。今度は黄瀬が目を丸くする番だ。言い得ぬ感覚が、爪先から伝わる。喉の下あたりが、掴まれているようだ。何もしていないのに、息がしにくい。呼吸が浅くなる。訳が分からず息が上がる自分がなんとなく恥ずかしくて、黄瀬は顔を逸らした。
「こうふん…」
 もう一度繰り返した花嶋は、単語を噛み締めた。それは、なんとなく知っている単語ではあるが、大体こんな感じ、というあやふやなものだった。傷口に? 傷口を見つめても、花嶋は一切興奮なんてしない。痛いだけだ。黄瀬は変わってるなあと、そう思った。よくわかんない、と小さく呟いて花嶋は顔をあげた。その瞬間、花嶋の頭に興奮という単語が正しく理解されることとなる。
 涙目で、顔を赤くした黄瀬がそっぽを向いている。眉を八の字にした、困ったような、恥ずかしいような顔。にこにこ笑ってみたり、ぼうっとしていたり、そんな黄瀬はよく見るが、こんな黄瀬の表情は初めてだ。そうだ、傷を舐め終わったあとのぽうっとした顔を見たときの感覚がよみがえる。ぞぞぞ、と背中を昇むずかゆい感覚が、頭の中でファンファーレを鳴らす。体中の巡りが一気に良くなったような気がし、もう黄瀬から目が離せない。目の前がきらきらする。金平糖みたいな星が、流星群のように流れてくる。きらきら、ぱちぱち輝く視界。
 熱にうなされた二人は、動くことをしらない。それでも時間が経つと、誰かしら人が通りかかったりする。二人の世界に他人が登場することにより、糸を切られたマリオネットのようにふたりは意識を取り戻す。さっきの熱は瞬きをする間に消えてしまうのだ。ぷつりと我に返るものの、消えてしまった熱の余韻は消えないのだ。微熱は憎らしげに足跡だけ残していく。足跡をたどればもしかして、という淡い期待を抱いたまま、二人はそこに立ちつくすのだった。
 
20120914
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