だってだってなんだもん | ナノ

 花嶋あかねは、どこか変だと、黄瀬は常々思っていた。知り合った小学生のころから、それなりに月日を過ごしているが、なぜこうなってしまったのかと思う。
 綺麗に揃えられた前髪は、本人いわく「失敗して」ぱっつんになったらしい。しかし黄瀬は知っている。花嶋の好きな女優が最近前髪を切り揃えて、日本人形のような綺麗なぱっつんになったことを。
 背は平均的で、頭も平均よりちょっと良いくらい。成績の推移は激しく一喜一憂している。髪だってありふれた地味な色で、それをよく二つに結んでいる。理由は「邪魔にならないから」。黄瀬の前ではよくほどいているのをみるので、それほど邪魔になっていないように黄瀬には思える。
 学校では滅多に話さなかった。中学にあがってからは特にそうで、バスケ部で忙しい黄瀬にプリントだノートだと教師から雑用を任されるようになったので、その時話すくらいだ。理由は、同じクラスで一番近所だったから。歩いてちょっと、そんな距離にお互い住んでいた。間違ってもカーテンを開ければ黄瀬の部屋だとかそういうお約束はないかった。
 好きなことは本を読むこと、漫画も好き。好きな食べ物はトマトといちご。黄瀬が無駄に愛想を振りまかなくてもよくて、なんとなく落ち着くことから黄瀬は花嶋を気に入っていた。わりとドジで、よくこけた。集団登校では傷が絶えなかった花嶋をよく助けていたりいじめていた。傷を作っては泣きわめいていたので、その傷を舐めてやるとさらにわんわん泣いていたのが面白かったのを黄瀬は覚えている。黄瀬は花嶋の、困ったような、そんな顔が好きだった。
 それでも、花嶋は黄瀬によく懐いた。待てと言えば待っていた、犬のようなやつだ。涼太くん、とすこし滑舌の悪い声で黄瀬を呼んだ。そうやって過ごすうちに、生まれた頃から一緒にいる幼馴染みだと勘違いされるようになった。訂正するのも面倒だし、色々都合がよさげなので黄瀬は肯定している。
 大人しく、地味で、黄瀬の後ろをついて歩くカルガモみたいな花嶋だが、それは黄瀬とふたりきりでないときだけだ。付き合い始めてから、言いたいことは言うし、ちょっと生意気だ。それも許せるのだから、恋というものはなんだか不思議な威力を持っていると、黄瀬は思うのだ。
 
「あ」
 ごん、と鈍い音がしたと同時に黄瀬の意識は停止した。すぐみ熱をもつ痛みに襲われる。目の前にはドア。
「涼太くん!?っあ、大丈夫?まさかもう帰ってくるとは思ってなくて…」
 慌てふためく花嶋の声を聞きながら、顔面を抑える。遊びに来ていたらしい花嶋が部屋を出ようとドアを開けた瞬間、運悪く黄瀬の顔にぶつかったのだ。ぼうっと携帯をかまっていた黄瀬も悪かった。
「顔ぶつけたよね、今冷やすの持ってくるから!」
 けたたましい足音とともに花嶋は部屋から出ていった。じんじんする顔を手で覆いながら、とりあえず座ろうと、ベッドに乗った。ちらりと見ると洗濯物がたたんである。母親か、はたまた花嶋か。下着を隠すように、下着の上からシャツやズボンが重ねてあるので花嶋だろう。あいつはオレの母親か。普通の高校生のカップルに彼氏の洗濯物をたたんでおく彼女は何割ほどいるのだろう。
 ふと、何かが伝う感覚がした。熱を持ったそれは、重力に従って下へ落ちてこようとする。唇をなぞり、口内へも入ってくるそれに、黄瀬は眉間にしわを寄せる。忘れかけていた懐かしい苦みが、舌の先から伝わってくる。鼻の下に指を当てれば、確かに湿る暖かいもの。さらさらと、それでもゆっくり垂れてくるそれは、黄瀬の指を赤く染めていた。
「涼太くん、持ってきたよ」
「あかね、それよりティッシュを…」
 持ってきて。そう言い終わる前に、ぐちゃっと不思議な音がした。ドアの方を見れば、花嶋が氷嚢を落として、目を丸くして黄瀬を見ていた。それはもう、穴が開くくらいに。
「あかね、ティッシュ」
「りょ、涼太くん、鼻血…!」
「あ」
 黄瀬が思い出す前に、花嶋はすでに黄瀬に駆け寄っていた。開いていた脚の間に身体を滑り込ませた花嶋は、間髪いれず黄瀬の肩を掴んだ。強いものではないが、こうなったらもう諦めるしかないのだ。
 鼻血が滴る黄瀬の顔を恍惚と眺め、悩ましげに吐息を漏らすと、花嶋は黄瀬に顔を近づけた。鼻の下、人中の右側の淵を唇のすこし上から、鼻の穴へと舐めあげる。もう片方も、丁寧に、子猫がミルクを舐めるかのように舐めていく。角度を変えて、黄瀬の鼻孔に、すこし舌を入れる。普段構いもしない粘膜に、花嶋の暖かい舌が突っ込まれて動かされるのは、いつだって不思議な感覚で、背中がひやりとしたと思ったらむずかゆい感覚が全身を覆う。再び角度を変えて、鼻自体食べられるんじゃないかと錯覚させるかのように、花嶋は鼻孔を銜えるように口づけた。そのままジュースでも飲むかのように、吸う。鼻孔を塞がれ、呼吸が苦しくなり黄瀬は口を開けて、目を閉じた。閉じる前に見えたのは、頬を染めて瞼を閉じている花嶋の顔だった。
 もうだめだと、黄瀬が花嶋の肩に手を伸ばした瞬間、ようやく鼻は解放された。再び丁寧に舐められたあと、花嶋の顔は離れていった。少し息があがってしまい、黄瀬の呼吸は乱れている。慣れない感覚の嵐に、意識が追いつかない黄瀬の顔は、端正なものではなく、すこし困惑した顔だ。花嶋は、そんな黄瀬の顔が好きだった。自分の行為で変える表情。自分にしか見れない、宝物。
 そんな陶酔した花嶋の瞳には、涙の膜が張られているのかきらきらと煌めいていた。口の周りは唾液と黄瀬の血液が混ざった、まがまがしい液体で汚れている。今こいつは人を食べたと言われると信じてしまうかもしれない、そんな景色だった。感覚が麻痺してきたのか、もうそんな光景に怯えはしない。呼吸を整えると、まだ水分が乗っている皮膚を通過してすうすうとする。顔は熱いのに、鼻の下だけ冷たいという感覚はほんとうに意味がわからない。
「…あかね、ティッシュ」
「あっ、ああ、ああ!」
 何回か「あ」を抑揚を付けながら繰り返した花嶋はようやくテーブルの上のティッシュに手を伸ばす。何枚か煩雑に手に取ると、優しく黄瀬の鼻を拭いた。自分で出来るから、と花嶋の手からティッシュを奪い取り、拭くと、ティッシュは桃色の滲みを作り出していた。ようやく落ち着きを半分ほど取り戻した花嶋は、黄瀬からゆっくりと身体を離す。さっきとは違う意味で顔を赤くした花嶋はそのまま黄瀬の足元に正座した。
「ごめんね、涼太くんの鼻血だと思ったら我を忘れちゃって…」
 恥ずかしそうに顔を手で覆う花嶋はいつもの花嶋で、先ほどの情熱的に黄瀬の鼻腔に接吻していた花嶋の姿はなりを潜めていた。
「ついつい舐めちゃった」
 『ついつい』で彼氏の鼻血は舐めないだろう。
 
20120913
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -