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宇宙に旅に出よう


 同じクラスの、葉月渚くんは、とても可愛いのに女の子じゃなくて、男の子だ。
 名前も女の子みたいなのに、歴とした男の子。ふわふわしたゆるい髪が、向日葵のように揺れる男の子だ。あまったるいパンをいつも食べている、本当に疑わしい男の子なのだけど、放課後にプールで泳いでいる姿を見ると、男の子だなあと思う。小学校の頃は、それはそれは可愛い子だった。小学生なんて男も女もそんなに背が変わる訳でもないし、容姿から言動からすべてがかわいいのだ。
 ものすごい深い付き合いをしている訳でもないけど、狭い地域なのでほぼ顔見知りという節がある。ただし、名前と顔が一致するくらいの。今年になって、ようやく同じクラスになった。
 人見知りという単語をしらないかのような葉月くんは、よく話しかけてくれる。クラスの中だと同じ部活の竜ヶ崎くんと仲が一等良く、お昼になると二人でどこかに消えてしまう。友達とおしゃべりしながら、二人が教室から出て行くのをちらりと見るのが癖になってしまった。

「あれ、ハルちゃん?」
 うっかり明日の宿題を机の仲に放り込んだまま忘れてしまったわたしの名前が呼ばれる。誰もいないと思って油断していたわたしは、思わず声がうわずってしまう。
「もしかしてハルちゃんも忘れ物?僕もなんだよねぇ」
 わたしの答えを聞く前に葉月くんは自分の席に駆け寄った。明日の宿題さ、多いよね、やんなっちゃうなんて泡のようにぽこぽこ言葉を紡いでいく葉月くんに、わたしは、うん、そう、なんてつまらない言葉しか返せなかった。なんせ話すスピードが早いのと、あまり話を聞いていないだろうなという確信があった。
「確か、ハルちゃんも電車だよね?僕もなんだ、一緒に帰ろ!」
 にこにこと告げる葉月くんは、すこし薄暗い教室でも、とても眩しかった。
「葉月くんは、部活おわったの?」
「みんなで帰ろうとしたら忘れ物思い出しちゃって、それで僕だけ戻ってきたんだよ」
 もうやんなっちゃうなんてまた女の子みたいなことを言うものだから、可笑しくてつい笑ってしまう。あ、笑ったな、なんてふくれるから、ますます女の子みたいだ。
「葉月くんはかわいいねえ、女の子みたい」
「え〜僕男の子だよ!ハルちゃん小学校から一緒じゃん!」
「そんなこと言ってもなあ……。かわいいし、食べるものも女の子みたいだよね」
「イワトビパン?甘くて最高においしいんだよ!」
「でもふたつはちょっと……」
 女子の中でも少し背が高いわたしは、葉月くんとあまりかわらない。そのせいもあり、葉月くんと話していると友達と喫茶店に行くような感覚で、楽しい。駅までずっとイワトビパンや水泳の話をしていた。少し遅い時間だったので、駅に人影はなく、自動販売機だけがじっと立っていた。滅多に開いていないベンチに葉月くんが飛び込んだ。
「ハルちゃん、僕を子供だと思ってない?同い年なんだよ!」
「そ、そんなことないよ。どっちかって言うと、友達かな」
「それって女の子じゃない!?」
 しまった、いらないことを言ってしまった、と思ったがすでに時は遅かったと、有名な絵画のようなポーズでショックを受けている様子を表現する葉月くんをみて気づく。慌てて謝罪したものの、葉月くんはフグ以上に膨れっ面で、そういうところが女の子みたい、という言葉はかろうじて飲み込んだ。
 失礼だなあ、とつぶやかれたと同時に、葉月くんはわたしの左手をとった。すこしぎこちない手つきで、自分の右手と合わせる。急だったので、どうしたの、とも何も聞けずに葉月くんのなすがままになる。手を合わせる形になると、わたしの左手の指の向こうに葉月くんの指が見える。ぼんやり思う暇もなく、ただただ、手が熱い。もしかして変な汗をかいていないだろうか、不安になってきたところで葉月くんが口を開いた。
「僕の方が手、大きいでしょ」
「え、あ……」
「ほらね」
「ぎゃっ」
 ぐいいっと葉月くんの指がわたしの指を押し倒していく。わたしの反応に満足したのか、葉月くんはにっこりと笑ってわたしのその左手をとった。
「ハルちゃんの手は小さくてやっぱり女の子だね、ほらね」
 差し出された葉月くんの手は、わたしの手とは違い、ふっくらとも、ほっそりともしていない。ごつごつと関節が出っ張っていて、柔らかくはなかった。こうしてふたつ手を並べると、葉月くんは男の子なんだと、認識させられてしまう。襟元からのびる首も、わたしのものとは全く違う、男のものだった。
 手を握られていることをようやく思い出し、またさらに熱くなる。わたしの手を握っているのは、男の子なのだ。
「あ、あの、葉月くん」
「男の子だって、わかってくれた?」
 いたずらっぽく笑って、目を細めた葉月くんは、確かに男の人の顔をしていた。


20140809 title"氷上"
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