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カモミール

 四歳がなんだ、と思う。
 一周りも離れているわけではない。年の差がなんだと、若松孝輔は思うのだ。大人になれば四歳くらい年の差があるカップルや夫婦だってたくさんいるはずだ。何ら可笑しくないと考えている。今、数年ごとに区切っている学生の区分が、人の感覚を可笑しくさせているだけだ。
 孝輔は高校二年生で、恋人だろう位置にいる女の子―――紺野ハルは、中学一年生なのである。

あんず

「あのね」
 ハルはよく「あのね」と言う。あのね、の次には今日あった出来事が続くのだ。真新しい、少しぶかぶかな制服を着たハルは友達のこと、テレビのこと、勉強のこと、たくさんの色々な感情を孝輔と共有しようとする。今日は健康診断があったということだった。先月までランドセルを背負っていたハルは、身長が一センチ伸びるたび、体重が一キロ増えるたび、くるくると表情を変える。身長が伸びた、と嬉しそうに話すハルの頭は孝輔の視線を下に向かせる。孝輔は、自分は身長が高いほうだと思っているが、ハルはいささか小さいのではないかと常々思っていた。それを言うとハルは怒る。クラスでは真ん中ぐらいの位置の身長であると、孝ちゃんが高すぎるのだと文句をたれる。確かに女子で、この年齢なら平均的なのかもしれない。いつか孝ちゃんを越えてみせるというハルに、お前はそのままが一番だとたしなめる。
「孝ちゃん、部活はどう?」
 それをそのままハルに返したい。そんな気持ちを抑えながら、昨日の部活を思い出す。青峰が部活に出ない。腹が立つ。思い出していると表情に出ていたのか、ハルが困ったような顔でこちらを見ていた。表情を見て悟ったのか、ハルはそれ以上深く追究してこなかった。
「それより、ハルは部活動するんだよ」
「まだ考えてる…別に入りたい部があるわけじゃないから、なんでもいいなあ。毎日あるようだと孝ちゃんの試合見に行けなくなるからやだし」
 ハルはよく試合を見に来る。ハルはたまたま兄の試合を見に行ったとき、自分の試合を見たらしい。そこからちょこちょこ孝輔の周りをうろちょろし、割と近所に住んでいて、同じ小学校だったと聞かされたときは驚いた。そしてまさかランドセル背負ってリコーダーを持ち歩く小学生に告白されるとは思わなかった。孝輔は高校一年生、ハルは小学六年生のことだった。後ろをついてくるハルは可愛かったし、応援されることは嫌いではなかった。付き合い始めて、仲の良い兄妹くらいにしか見られなかった。小学生と付き合っていると、例え高校生でも言いにくかった孝輔はそれに甘んじた。ハルは気付いていないのか理解しているのか何も言わない。まだ小学生ということもあり、それほど恋愛に一生懸命ではなかった。嫉妬だなんだといったどろどろしたものとは無縁の場所にいた。それほど恋人らしい行動は起こしていないのである。それでもハルは満足そうだし、ハルがそれを求めるようになってから、孝輔は色々付き合っていけばいいと思っていた。
「てきとうに文化部に入ろうかなあ。ねえ孝ちゃん、聞いてる?」
「あ?おお」
「うそつき!」
 けらけら軽く笑うハルは、ちょっと大人びて見えた。ちょっとは身長伸びたな、と褒めてやれば、恥ずかしそうに笑う。その姿は、もうあの頃のハルではないようだった。少し伸びた身長か、真新しい制服のせいかは、よくわからなかった。
 
サンショウ

 いくら近所の良いお兄さんだからと言って、娘を簡単に預けてしまうのはどうかと思う。仮にも付き合っていると言うのに、ハルの家は放任主義なのか。親には言ってあると言っていたので、そうであろう。今では普通にお互いの家を出入りするようになった。ハルが孝輔の家に来れば、母親はまるで娘のように可愛がっていた。しまいには娘が欲しかったのよなんて言い出したのだ。
 風呂からあがったハルの頭を一通り乾かしてから、二人で冷蔵庫へ向かう。冷蔵庫を先にあけたのはハルだった。小さなパックの牛乳と、一リットルの大きな牛乳パックを取り出す。一つずつ抱えたハルは孝輔に大きな方を渡す。
「サンキュ」
 孝輔はパックの口をあけると、そのまま口を付けた。流れてくる牛乳を一気に腹に流し込む。ハルも孝輔にならってパックにストローを刺してちゅうっと吸い込む。暫く二人で無言の時間を過ごす。飲み終えた孝輔のオヤジ臭い声が沈黙を破る。それからすこし後に、ハルも飲み終えた。
「苦手ならそんなに無理して飲まなくてもいいじゃねえか」
「だって…孝ちゃん身長何センチ?」
「あ?」
 今年の春の健康診断を思い出す。確か、百九十三センチだと言うとハルは心底分からないと言う顔をして首を傾げた。その表情がちょっといらついて、デコピンをかます。
「痛い!」
「なんか生意気だな」
「もうちょっと身長差縮めるの!モデル並みの身長になるんだから!」
「ハルは今のままでいいだろ。持ち運び楽じゃん」
 はあ!?と怒るハルを、試合の時のようなどっせぇい!と掛け声と共に抱きかかえる。そのままぐるぐる回してやると、初めは驚いた声をあげたハルも、きゃっきゃっと楽しそうな声をあげる。鍛えているとはいえ、流石に何度も回っていると孝輔も気持ち悪くなる。疲れ果ててハルをおろすと、ハルも楽しそうな声をしつつも、少し息を切らせていた。
 去年よりかは身長も伸びて、ハルに言うと怒るが、少し重くなった(それでもまだ孝輔は軽いと思えるくらいの)体重を身体で感じると、確実に障害は減ってきていると思えるのだった。

ゼラニウム

「でもよ、ハル、成長したな」
「ふふふ、オトナのオンナになったんだよ!」
 嬉しそうに胸を張るハルの胸はすとんとしたラインを描いているように見えた。首をかしげる孝輔に、ハルは少し怒ったように自分の胸を指し示した。
「いや…そこは…発展途上というか…あんまり…」
「!?」
「……ちょっとは成長したんじゃねえの?」
「でしょ!?」

アザレア

 ハルはストレートに物を言う。感情表現もストレートだ。
「孝ちゃん、すき」
 眠そうに呟く言葉にも、嘘偽りはない。孝輔の胸のあたりにおさまるハルの頭が、わずかに動く。くすぐったいと同時に、じんわりと暖かい。そえられた手は、随分と小さい。ぐっと抱き寄せれば、嬉しそうに頭を摺り寄せてくる。孝輔に触れる手が、暖かい。しばらくすると、規則正しい寝息が聞こえてきた。真実しか言わない口から紡がれた言葉や、こうやって全てを孝輔に預ける行為も、孝輔の行為を享受してくれることも、全てが愛しいと思える。ハルに愛されていると感じるときは幸せだ。もう少し障害は残っているものの、これから乗り越えていくのもきっと楽しかったりするのだろう。孝輔も、暖かさに身を沈める。うつらうつらと船を漕ぐのを止め、意識を水没させた。
みだれ
20120720 title"ダボスへ"

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