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しがらみの


 厳密に言うと姉ではないが、姉と言う存在がいる。
 お隣の家の紺野ハルさん。オレよりも四歳年上だ。小学校からの付き合いで、何かと世話を焼く人だった。運動がずば抜けてできるわけでも、勉強が得意なわけでもない。何かと一緒に遊んでもらったり、試合を見に来てくれていた。小学生の時は、中々言いたいことが言えなくて、天の邪鬼みたいな言動をしたり黙りこんだりしていた。そんなオレを、ハル姉さんは見守ってくれていた。黙っていると、オレが話しすまでちゃんと待っててくれていた。
 あの頃のオレはいつもハル姉さんの後ろをついて回っていた。オレが後ろを歩いてくるのを、にこにこしながら見ていた。一緒に歩こうよと、手を繋いで歩いていたのを、覚えている。オレの誕生日には、律儀に短冊に願い事を書いていた。一緒に短冊を飾り終えた後は、ハル姉さんが作ってくれたおしるこを食べていた。あのときのおしるこは、とても美味しいわけではなかったが、とても嬉しかった。美味しい、と言えばハル姉さんはふにゃりと笑った。

 ハル姉さんが中学生になって、制服を着た。顔はまだ幼いのに、制服を着るだけでハル姉さんはどこか違う人のようだった。オレが成長すれば、ハル姉さんも成長する。年の差という溝は埋まることが無い。制服を身にまとい、大人しく歩く姿はもうオレの知らないハル姉さんだった。ランドセルを背負うオレを見つけて、にこにこしながら駆け足で「真ちゃん」と呼んでくれるハル姉さんは、確かにハル姉さんだったのだけれど。

 オレも中学に入り、制服を着るようになった。その頃ハル姉さんはまた違う制服を着るようになっていた。あの頃よりも大分大人びたハル姉さん。オレの部活が始まると、中々会う時間も減ってしまった。それでも近所という利点があるからか、たまに帰り道に出会うことがあった。もうハル姉さんの後ろをついて歩くことはない。並んで歩く。ただ、変わったのはもう手は繋がなくなってしまったということだ。

 高校生になると、さすがにハル姉さんの身長を越した。正確にいえば中学のときにはもうとうにオレのほうが背は高かった。大学から帰ってきたハル姉さんは「真ちゃん大きくなったねえ」なんて祖母みたいな台詞を言う。相変わらずのハル姉さんだが、もう立派な成人だ。お酒も飲めるし(そんなに強くないみたいだ)、煙草も吸える(喫煙者ではないが)。オレはまだ十五歳、そして今日で十六歳だ。結婚できる年齢にも届いていない。
 たまに送ってもらっているのか、男と一緒にいるハル姉さんを見かけたことがある。サークルの友達だと言うその男は、ハル姉さんと同じ大人だった。オレの方がハル姉さんと一緒にいた時間は長いのに、この男には溝がない。それがどうしても悔しかった。「近所のね、弟みたいな子なの」そう紹介された時は、あまり思い出したくない思い出になっている。

 七夕はあいにくの雨模様になりました、とキャスターが言う。非常に残念だ、色々と。珍しくオフの日なので自主練を終え、雨のため早めに終えて帰宅した。ハル姉さんと出会ってから毎年祝ってくれた誕生日もとうとう今年は一人か。ハル姉さんだっていい年なんだから、もしかしたら彼氏もいるかもしれない。どうしようもないことにとらわれてないで、何か行動を起こせばよかったのかもしれない。人事を尽くして天命を待つ、自分らしくない。人事を尽くせていないではないか。
「真ちゃん!」
 ハル姉さんがひょっこりと顔を出した。まさかオレの家に来るとは思ってもいなくて、少し固まってしまった。
「ハル姉さん、どうしてここに」
「今日は真ちゃんの誕生日でしょ?毎年恒例のハルの手作りおしるこだよ!」
 じゃん、と小さめの鍋を差し出した。ハル姉さんが勝手に器に盛り付けていく。目の前に出されたのは確かにおしるこだ。どうぞ、と言うのでありがたく頂戴する。小学生の頃とは比べ物にならない位だ。嬉しいのは変わらないが、確かに美味しい。美味しい、と言えば、やっぱりハル姉さんはあの時と同じようにふにゃりと笑った。
「真ちゃんも十六歳かあ。見た目はもう十分大人だよねえ」
 にこにこ笑いながら話すハルさんは、あの頃の面影を残したまま、大人の女性になっていた。
 人事を尽くして天命を待つ。その言葉通り、人事を尽くさねばならない。神のみぞ知る、というよりはハル姉さんのみぞ知ることだが。あの頃よりもオレは成長した。確かにハル姉さんとの年齢差は縮めることは出来ないが、あの頃よりは大人になった。こんなことは人生初めてで、どう伝えれば良いか分からない。喉でつっかえている言葉をどうにか発音しようとするが、中々うまくいかない。そんなオレを、ハル姉さんは待ってくれていた。やっぱり、ハル姉さんはハル姉さんだ。どれだけ年齢を重ねようと、オレが知るハル姉さんなのだ。喉で詰まっていた言葉を、ようやく口にできる。正直、本当に訳が分からないのだけど、まずは、この弟のような位置から抜け出さねばなるまい。オレは、呪いの言葉を使うのを止める。
「ハルさん、オレは」

20120707 title"氷上"

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