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人魚の


 オレが紺野ハルという女子生徒を知ったのは、黒子がきっかけだった。
 存在なんかしてないんじゃないかというほど影の薄い黒子に話しかける、唯一と言っていいほどの女子生徒だった。ふらりと黒子の席に寄って、本を取り出して何かして(話しているのかもしれないが、後ろの席と言う至近距離なのにほとんど黒子の声しか聞こえないから本当に話しているのか不明だ)、自分の席に戻ってしまう。それは黒子から出掛けることもしばしばみかけた。
 黒子に聞けば、同じ中学だという。桐皇のあいつみたいにマネージャーかと思えばそうでもないらしい。本当にただのクラスメイトのようだった。ボクが言うのもあれですけど、と付け加えた黒子は少し目線をずらした。
「大人しくて引っ込み思案なものですから、あまり友達がいないんですよ。ボクと、赤司くんくらいです」
 おお、お前がそれを言うのか。確かに言いづらいよな。
 赤司と仲がいいって、またなんでバスケ部ばかり?余程不思議な顔でもしていたのか、黒子はああ、と何か理解したような目でオレを見た。
「彼女と赤司くんは、中学入学した時からずっと同じクラスなんですよ。一番初めのクラスで席が隣で、彼女も少し将棋ができるものですから、それから話す様になったそうです。彼女はあまり身体が強くないようですから、運動部には不向きなんだそうですよ。赤司くんが言ってましたね。流石にそんな女性を無理矢理引きこむようなことはしませんでした。ボクは赤司くんの紹介で知り合って、彼女も読書が好きだというのでそれから話が広がったというわけです」
 そう言えば体育はほとんど見学してたな。不思議な繋がりもあるもんだとオレは思いながらBLTサンドにかぶりついた。
「お前らいつも何してんだ?」
「…何、とは」
「や、だってあいつとお前、なんか本をお互い差し出して身振り手振りしかしねーだろ。お前の声はかろうじて聞こえるものの、あいつの声きこえねーから」
「お話してますよ。前も言ったようにあんまり話すのが得意じゃないんですよ」
 極端に声が小さいということか。
「ボクも最初は聞き取れなかったんですけど、だんだん何が言いたいかわかるようになってきましたし。赤司くんも言っていましたけど」
 黒子は一旦言葉を切ると、パックジュースのストローをくわえた。一口飲み込むと、また視線を自分の手へと落とした。
「彼女の声は、とても綺麗ですよ」
 俯いて、それに加えて少し長い黒子の前髪に隠された表情はどこか笑っている気がした。


 確かにあいつは大人しい。休憩時間も黒子のところに寄るか、本を読んでいるか。クラスに話す友人はいないらしく、今日は誰かと話している様子をみていない。こうしてみるとあいつは本当に話していない。大人しいだとか、引っ込み思案の度を過ぎている気もする。
「火神くん」
「なんだよ」
「火神くんの顔はわりと怖いんですから、せめて言葉にしてください」
「あ!?いきなりなんだよ」
 自分の顔は変えられない。急にケチを付け出した黒子に驚きながらも、次の言葉を待った。
「それに身長も高いから威圧感半端ないんです」
 次々に述べられるオレについての黒子の見解に意図が掴めないまま、勢いに押されて聞き入れることにした。何なんだ…。
「ああ、紺野さん」
 ずっと黒子のほうを向いていて気付かなかったが、黒子の目線の向こう、つまり俺の後ろには紺野ハルが申し訳なさそうに立っていた。いつも見かけた姿のように、オレにはよく分からない文庫本を持っている。
「すみません紺野さん、ボクはちょっと用事があるので…心配しなくてもすぐ終わる用事なので、そこの火神くんと少しおしゃべりでもしてもらえたら。火神くん頼みますよ、くれぐれもいつものようにデリカシーのない発言はしないでくださいね」
「しねーよ!」
 オレの怒声を背に受けた黒子はすっと教室から出ていってしまった。ふーっと一息つくと、どうしようか決めあぐねている紺野が立っていた。黒子にああ言われたのもあって、自分の席に戻るのもどうかと思っているのだろう。しばらく考えたオレは、とりあえず隣の席に座るように言った。隣の席のやつはいつもこの時間どこかへ遊びに行っている。おどおどと席に座った紺野は相変わらず俯いている。紺野の膝の上に置かれている文庫本に目が行く。
「それ、教科書に載ってたやつの」
 あまり覚えはないものの、見たことだけはある題名と著者名だった。この間の授業でやった気がしないでもない。紺野は顔をゆっくり上げるとじっとオレを見てきた。
「あーっと…お前、黒子と仲良いやつ、なんだよな…同じクラスだし、あれだけど、火神大我。黒子と同じバスケ部の…紺野は、本が、好きなのか?」
 何故か自己紹介をしてしまった。同じクラスになって何カ月か経つというのに!何かと話題を見つけようにも相手は黒子みたいな、しかも女だ。あーでもないこーでもないと考えた末にたどり着いたのが自己紹介と質問だった。
 気まずい。どうすればいいものか。カントクともあのマネージャーとも違う、異種みたいな女には慣れていない。しばらく唸っていると、紺野がぱくぱくと金魚のように口を動かした。とても小さい声だが、聞こえなくはない。耳を傾けると、紺野は顔を紅潮させて、オレのほうを見たり文庫本を見たり、落ち着きのない様子で話し始めた。
「紺野、ハルです…くっ、黒子くんのお友達です………えっと、本を読むのが好きで……」
 黒子の台詞をふと思い出した。鈴が鳴るような、綺麗な声だった。
「…お前、綺麗な声してんだからもっと喋ればいいのに」
「うぇっ!?」
 慌てて否定する紺野の顔は本当に赤くなっていて、その小さな口から紡がれる慌てた声も可愛くて、なんか笑ってしまった。噴出してしまって声に出して笑っていると、今日聞いた中では一番大きな声で、「火神くんも、笑ってる顔可愛いから、もっと笑えばいいと思う…」と言われた。
 おいおい男に可愛いはないんじゃねーの!


「オレにもなんか本教えてくれよ」
「えっ…うーん………あっ、『おおきな木』は?」
「……お前それ絵本だろ!あっちにいたときに読んだ」
「えっ!黒子くんが、簡単なものしか分かりませんから絵本でもおすすめしておいてくださいって…そういえば火神くん帰国子女だったね…」
 紺野の声で発音されるオレの名字はいままでとちがったように思えて、なんだか嬉しくなってしまった。紺野に免じて黒子をシメるのは半分くらいにしといてやる。紺野に感謝しろ、黒子。
 
 
20120524 title"氷上"

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