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 レギュラス・ブラックは機嫌が悪かった。ポーカーフェイスに定評のある彼だが、今回は崩れに崩れ、オーラからも不機嫌を察することができた。原因を知らぬ人々は自分が原因ではないかと、特にスリザリン寮では非常に過ごし難い日々を送っていた。レギュラスがこうなった経緯を述べると少しばかり長くなる。
 レギュラス・ブラックの不機嫌の原因は一人の少女にあった。名前はハルと言って、彼女も純血であり、貴族であった。ハルはマイペースで、他人の目を気にするような人間ではなかった。ただ、一緒にいると落ち着くのでよく行動を共にした。彼女がいつか言ったように「似た者同士」という言葉がとてもしっくりきた。一緒に食事したり、好みも似ていたため、一緒に図書館で読書したり、おすすめを教え合ったり、周りの人から見れば恋人同然のようであった。あのブラックが、と一時期その噂で持ちきりであったが当人たちがきっぱりと否定する上、噂は次から次へと湧いてくるのですぐに忘れ去られた。そんな噂を気にする二人でもなかったので、二人は今もいつもどおりに生活していた。
 いつもの様に人のいない談話室で二人でくつろいでいた。ハルは魔法史で出されたレポートをまとめ、レギュラスはハルに借りた本と紅茶を傍らに、読書していた。いつもと変わらない風景だったが、この後急展開を迎えることとなる。
「ねえ、レギュラスここの時系列なんだけど、ちょっといいかな」
 ハルはふと顔をあげて尋ねた。分からない箇所でもあったのだろうか、とレギュラスは読んでいた本を傍らのテーブルに置こうとした。
 かちゃん、と控え目な音が鳴り響いた。全く手元を見ずに行ったレギュラスの行為は、悲劇を引き起こした。本がカップに当たり、カップを倒してしまったのである。当然カップの中の紅茶は辺りに広がることとなり、傍にあった本―――ハルから借りた本を浸すこととなった。
「あ、あぁ―――ああ!」
 ようやく叫んだハルの声の大きさに驚いたレギュラスは思わず眉を顰めた。形相を変えたハルはふらふらとテーブルに歩み寄り、ローブが濡れることも厭わず紅茶の海から本を取り上げた。初めて見る彼女に困惑を隠せないレギュラスは言葉を発せないでいた。濡れた本を避難させたハルは、ぎっとレギュラスを睨みつけた。
「レギュラス!」
 怒気を孕んだ声で自身の名前を呼ばれ、たじろいだ。どうしよう―――こういうときは―――とレギュラスは頭をフル回転させた。久し振りに向けられた憤激に頭がついていかないのか、中々言葉が出ない。やっとのことで出した言葉は「君が悪い」だった。その言葉に彼女は驚いたのか、きょとんとした表情になった。息苦しい空気から脱出したレギュラスはさっきまでのことが嘘のように言葉を紡いでいった。
「こんなところに本を置いたのは君じゃないか。もしもの危険のある紅茶の隣じゃなくて、そっちのテーブルに置くとかしたらどう?」
「は―――でも紅茶こぼしたのはレギュラスじゃない!もしもの危険だなんて、レギュラスこそ手元を見ずに動かしたら紅茶をこぼすかもしれないって考えなかったの!?」
 これを引き金に、あの時は、その時は、だとか不毛な言い争いが続いた。頭の中ではこうじゃないと思うが、堰を切ったように溢れる言葉に自分でも嫌気がさしてきた。大事なことを忘れている気がする、とふと気付いた頃、ハルを見ると顔を伏せていた。
「―――あ」
 レギュラスが我に返った瞬間、ハルは「レギュラスのばか!」と叫んで立ち去っていってしまった。

 自分が言わなければならない言葉を言わなかった。それはレギュラスも理解していた。あんなことを言ってしまったが、レギュラスも自分が悪かったのだと思っている。あんな理不尽なことを言われては、ハルも嫌だっただろうと、そう反省している。
 自身への鬱憤、そしてあれから自身を避けているハルにも、苛立ちを感じていた。言いたいことがあってもハルはレギュラスの姿を確認すると途端に消えてしまっていた。いつものあの光景は跡形もなく消え去っていた。これじゃあどうしようもないじゃないか!とレギュラスは益々不機嫌になっていったということである。
 呪文で綺麗になったあの本を片手に、レギュラスは再度ハルを探していた。しかし、もう部屋に戻ったのか教室や図書館にはおらず、レギュラスもとりあえず寮に戻ることにした。溜息とともに階段を下りて行く度に、暗い気持ちが鉛のように心にたまっていく。重い気分で談話室に入ると、いつものように本を読むハルの姿があった。読書に夢中でレギュラスが入ってきたのに気付かないのか、ワンテンポ遅れてハルはレギュラスの姿を確認した。視界に入れると、何事もなかったかのようにハルは支度をし、レギュラスに背を向け歩き出した。レギュラスはそんなハルに駆け寄って、ローブを引っ張った。本当は腕を掴むはずが慌てていてローブだけを引っ張ってしまったのである。バランスを崩したハルは驚いてどうにか体勢をとり直すと、あのときのようにレギュラスを睨みつけた。そして、何か文句でも言ってやろうと口を開いた瞬間、それよりも速くレギュラスが言葉を発した。
「ごめん!」
 あまりの声の大きさに、ハルも、レギュラスさえも驚いた。
「ええと―――ごめん、あの時も素直にごめんって言えばよかったのに―――変な意地張ってしまって、あんなこと言ってごめん。本を汚してごめん、綺麗にしたよ―――僕も不注意には気をつけるよ。ええと、とにかく―――ごめん」
 レギュラスはハルの前に本を差し出した。綺麗になった本とレギュラスの顔を交互に見たハルは、恐る恐る受け取った。それから、ごめんと謝罪した。
「レギュラスが素直に謝ってくれないから、ちょっとかちんってきてあんなこと言ってごめんね。それから、あんなに避けてごめんね。もう怒ってないよ、謝ってくれたし、本は綺麗になったんだし」
 申し訳なさそうに話すハルに、何故かさらに申し訳なくなったレギュラスはまたぽつんと「ごめん」と謝罪した。それを聞いたハルも申し訳なさそうに謝罪した。お互いごめんとしか言わなくなり、可笑しくなったのかついにはどちらからともなく吹き出してし、スリザリンの冷たい談話室に二人の笑い声が控え目に響いた。


20110322 title"ダボスへ"

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テーマ「人外ファンタジー」
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