text | ナノ

あまっからくて
しいやつ

 世良が高校生だったとき、女子高生は女子という括りの人間だった。特別な人間ではないし、騒がしかったり大人しかったり、派手だったり地味だったり、千差万別だった。世良もそれなりに交流していたし、さして珍しいものでもなかった。だからエロ本とか、そういう類のものに「女子高生モノ」と銘打つことはよく分からなかった。女の子は女の子だろ、そんなもん。世良はそう捉えていた。ただ、こういった肩書がつくだけで、女の子のステータスは格段にレベルアップすることは、理解していた。
 世良は大人になった。身長は相変わらずであったため、見る世界がぐるりと変わることはなかったが、それでも世良自身は少し世界が変わったのではないかと思っていた。そう思えたとき、あれだけ見ていた女子高生が特別なモノに見えた。短いスカートからのびる脚、様々な制服。白黒紺色ハイソックスにニーソックス、タイツ。様々なオプションを付けた女の子たちは、世良にとって輝かしいものに見えた。四、五年前自分の周りにたくさんいて、何とも思わなかったのに今は神聖なものにすら思える。丹波や石神が騒ぐのも頷けた。今ではもう世良もそっちの仲間入りを果たしていた。
 そんな感じで、世良にも彼女ができた。その女子高生って奴だった。世良の五つ年下の彼女は紺野ハルという。明るく、良く笑う女の子だった。世良がゴールを決められず悩んでいる時も、一生懸命世良の悩みと向き合って励ましてくれた。笑顔が少し子どもっぽいところや、制服姿が、やはり彼女は年下で子どもで、女子高生なのだと実感させていた。そしてやっぱり世良には輝いて見えた。ひらひらと舞うスカートだとか、風に揺れるリボンだとか、自分より柔らかくて小さい手だとか、安心するような声色だとか、自分より少し低い身長だとか、とにかく彼女の全てが世良にとって愛しいのである。

 練習を終え、世良がクラブハウスを出るともう辺りは薄暗くなっていた。学生の彼女との休日の都合は中々合わず、最近会っていないことを思い出す。次の週末あたり会えねーかな、と空を仰いで考えてみる。そういえばもうすっかり日が暮れるのが早くなったもんだと、世良はそんなことを思う。冷たく、寂しい両手をジャケットのポケットに突っ込んだ。
「恭平さん!」
 自分の名前を呼ぶ、愛しい声に空から視線を戻すと、ハルがそこにいた。
「ハルちゃん?!どしたの?」
「友達と遊んできた帰りだよ。恭平さんいるかなあと思ってクラブハウスの方に寄ってみたんだー」
 そう言ってふにゃりと笑うハルに、世良は抱きしめたい衝動に駆られた。ポケットから手を出して、お疲れ様でーすと世良の隣に並ぶハルの手を握る。自分と変わらない、それよりも少し冷たいくらいの手だった。
「恭平さんの手そこまであったかくなーい。ちょっとざんねーん」
「ハルちゃんの手はあったかいと思ったのになー。ざんねーん」
 けらけらと二人で笑いながら歩き出す。隣を歩く彼女に少し違和感を覚えるものの、よく分からずハルが話す話を聞きながら歩く。こちらを見るハルの視線が、真っすぐに向けられる。はて、と世良が首をかしげると、ハルも何事かと首を傾げる。
「あーっ!」
 突然大声をあげた世良についていけずハルはなになになに、と周りを見回し始めた。
「ハルちゃんの視線がいつもより高いんだ!背ぇ高くなったの!?」
「えー?なにそれー!…ああ、あれかなあ、今日のパンプス、ヒール高めなんだよ」
 ほら、と自分の足を指さしてハルは言う。よく見てみればこんなのであるけるのかと不安になるくらいのヒールだった。女の子ってよくこんなんはくよなあと世良は一人で感心する。
「この靴新しいんだよ」
 その靴はたしかにハルが言うように、ぴかぴかだった。いまだにつま先を満足げに見ながら歩くハルを、じっと見つめる。制服姿とは全く違い、私服の彼女にいつもの子どもっぽさは鳴りを潜めている。薄く塗られたグロスが艶めかしく映り、伏せた睫毛が煽情的に佇んでいる。薄く化粧を施した彼女はいつもと違った輝きを見せていた。自分とたいして変わらない背丈になった彼女は、とても女子高生には見えなかった。へたすると自分より大人っぽいんじゃないかと、世良は少し焦った。
「……もしかして、変?」
 不安そうに覗き込んできた彼女に世良は我に返った。随分と彼女を見つめていたらしい。誤解を解こうと、すぐに否定する。世良の言葉を信じきれないのか、ハルは見るからに落ち込んでしまった。
「いや、すっげー可愛いよ!ていうか綺麗っていうか…その、なんか大人っぽくなって…いつものハルちゃんじゃないみてーみたいな……身長が彼女と一緒くらいってなんつーか……その………」
 うまく言葉がまとまらず、今度は世良が落ち込む番となった。男性にしては低めの身長の世良は、とてもコンプレックスに思っていたのだ。ハルもそのことについては、言われなくても世良の態度を見ていれば分かっていた。二人の間に重たい沈黙が流れる。「ねえ恭平さん」名前を呼ばれた世良は、視線だけハルのほうへと動かした。ハルも、じっと地面を見つめたまま、言葉を続けた。
「わたし、恭平さんがどんなにかっこわるくても、好きだよ。恭平さんは恭平さんだもん」
 背が高くなったわたしは嫌?と真っすぐな瞳で尋ねるハルに、世良は言葉を呑んだ。そして、首がちぎれるんじゃないかというくらい首を横に振る。「それに」ハルはにやっと、いつもの子どものような、悪戯を思いついたような笑顔を世良に向けると、ぐっと顔を近づける。何が起きたかと世良が理解した頃にはもうハルの顔は離れていた。してやったり、と大人の顔で子どものように笑うハルに世良は血が沸騰するかのような感覚だった。
「簡単にキスできるし、ヒールが高い靴っていうのもいいでしょ?」
「…はっ」
「は?」
「破廉恥ですよハルちゃんん!!」
「えー?じゃあもうしないよ」
「ごめん嘘!スッゲー嬉しい!」

20101214 title"ダボスへ"

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -