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かくも地球に焦がれて

 週末の居酒屋は騒がしい。小さな個室、壁に隔てられても賑やかな声はあちらこちらから聞こえた。威勢のよい声とともに暖簾が上がったかと思うと、店員が酒と料理を持ってきた。手際良く頼んでいた鍋料理をセットすると、マニュアル通りの笑顔を二人に向けて一礼するとまた消えて行った。
「いやー赤崎が日本代表になるとはねえ」
 紺野は目の前に置かれた空のグラスに酒を注いでいく。同じ要領で赤崎のグラスにも注いでいく。紺野は瓶を傍らに置くと、一気に酒を仰いだ。こいつは女かと疑うような飲みっぷりに赤崎は見慣れているものの、やはり信じらんねえと思うのだった。
「見たよ見たよ赤崎出てたね。なんかいつも赤いユニフォームだからちょっと違和感あったけどね」
「はいはい。ていうか俺酒は飲まないんだけど。毎回毎回嫌がらせかよ」
「飲めないんでしょ。弱いから。そういうと思って今回は弱めのお酒なんだから」
「うるせ」
 決して飲めないわけではない。ただ、少し苦手なだけだった。人並みには飲めると思うのだが、酒豪の紺野の前では比べ物にならない。確かめるように一口飲めば、いつもよりかは弱い酒だということが分かる。これで紺野は満足するのかと赤崎が紺野を見れば、彼女は次の一杯へと進んでいた。まるで被るかのように酒を飲んでいく紺野はやはり化け物だと赤崎はしみじみと思う。
 こうやって二人で居酒屋に来るのは初めてではなく、回数は重ねていた。赤崎が試合で勝った日、紺野に嬉しいことが合った日、誕生日。高校時代はお金もないしファーストフード店やファミレスでこうやって食事していたが、成人したので少し豪華に居酒屋に行ったりレストランに行ったり様々だった。酒豪の紺野も酔う時は酔うらしく、何回か介抱したことがあった。最初は戸惑ったものの、今はお茶の子さいさいである。
 生意気でデリカシーもないと言われる赤崎と、何事も無頓着だった紺野は何故か気が合って今もこうやって付き合っている。赤崎は変に気を使わないでいいし、紺野といるときは気が楽だった。
 こうやって食事に行くのも、二人にとってなにか嬉しいことが合った時だと、赤崎は思っている。今更祝ってほしい年頃でもないが、なんとなく嬉しかった。上手いタイミングで紺野は誘ってくるのだ。何事にも無頓着なくせに、こういうところはしっかりしているのだと、赤崎は分析する。お世辞にも性格は良いと言えない赤崎は、何回か紺野と喧嘩することもあった。譲らない赤崎に紺野は譲歩して必ず折れてくれた。今でも子どもっぽいと嫌になるが、そう思うと紺野は大人だと思うのだ。自分のことを否定してくるわけでもなく受け入れて、素直に応援してくれる紺野に、とても面と向かって言えることではないがそういうところは好きだし、感謝しているのである。本人には絶対言わないが。
 紺野はまだかまだかと鍋を見つめている。さっき店員が持ってきたばかりじゃねーかと言うと、紺野はさして気にした様子もなくねぎまくしを食べ始めた。赤崎も赤崎でサラダを食べ始めた。
「なんかサラダって女の子みたい」
「俺はお前と違って健康には気をつけなきゃなんねーの。肉ばっかり食ってっとぶくぶく太るぞ。お前この間の健康診断やばかったんだろ」
「あれはー、前日に飲み会行ったのが悪かったの!それに今回の鍋はヘルシーで有名なんだから。あとね、女の子はぽっちゃり目が可愛いの!」
「限度があんだろ」
 うまし!と次々と皿を平らげて行くこの女は本当に女か。見た目は普通の女なのにどうしてこうもブラックホールみたいに料理が消えて行くのか。ヘルシーな鍋って、紺野にしては珍しいと思いながらも、やっと俺の言うことを聞く気になったのかと、赤崎は少し満足げにサラダを食べて行く。
「ねーねーお酒次頼んでいいー?」
 勝手にしやがれ。


「赤崎がさ」
 鍋も良い感じに出来上がったところで、紺野はぽつりと話し始めた。
「プロになって、試合に出たり日本代表になって活躍してるとさ、すごいって思うの。赤崎って実はすごい人だったんじゃないのって思うし」
「お前俺を何だと思ってんだ」
「まあまあ」
 小休憩、と紺野はあれだけ食べたがっていた鍋に手もつけず、箸を置いた。真面目な紺野はあまりみたことがなく、赤崎もつられて手を止めてしまった。
「性格は良いとは言えないけどさ。それでもこんなどうしようもない私みたいな女にも付き合ってくれるし、酔ったときは介抱してくれるし、結構世話好きで、良い奴だなって思うよ」
 恥ずかしげもなくぺらぺらと喋る女に、もう酔ってんじゃねーのかと赤崎は目を疑った。「つまりね、いつもありがとうってことだよ」そう告げた紺野は赤い顔でへらりと笑った。なんでこうもこの女は俺が言えないことできないことをいとも簡単にやってのけるんだろう。紺野に告げられた言葉をもう一回思いだして、少し恥ずかしくなる。ぐつぐつと鍋が煮える音と、居酒屋の喧騒だけがこの部屋に充満している。大して酒を飲んでもいないのに顔が熱い、赤崎は紺野から目を逸らして鍋を見つめる。野菜ばかりの鍋が目に入る。
「…肉」
「肉?」
「食えよ。今日は俺が奢ってやるから」
「…今日は赤崎くん日本代表お疲れ会だよ?」
「いーから。俺も肉食べるから。俺は水飲んでるからお前はもっと酒のんでもいいぜ」
 まだ呑み足りないんだろ、と赤崎が言えば、紺野はうん、と勢いよく頷いた。

20101212 title"ダボスへ"

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