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平成電波
プレッシャー事変

 紺野ハルは悩んでいた。異性と付き合うなんて初めてのことであったのだ。恋愛に関しては右も左も分からぬハルであったが、どうにかこうにかそれなりに充実している日々を送っていた。それは彼氏である椿大介も同様で、超がつくほどの奥手であり、初心であった。つまり紺野ハルと椿大介は似た者同士ということである。近づくことがあれば林檎のように顔を赤らめ、手を繋ぐにも多大な勇気と根気が必要であった。二人の進展のなさに友人たちは初めからかっていたものの、付き合い始めてずっとこの調子では飽きてしまったのか、恋愛のいろはを二人に押し付けるようになった。それで進展するものならもうすでに事を済ませているだろう。つまり、二人はいまだに行動に移せていないのだった。大介のチームメイト内では「いつ二人がやってしまうか」などと下品な賭けごとを始めてしまう始末である。当の本人はそんなことはいざ知らずであったが。
 
 少し情けない所も、でもやるときはやれるところも、大介の色々なところが好きだ。デートだってもっとしたいし、色々なところに行きたいと思う。もっと触れたいと思う。こう、ステップアップしたいのだ!とハルはいつになく気合いを入れていた。キスくらいは!と思うのだ、年頃の女として。
 
 大介もオフだということで、うまくデートにこぎつけたハルは再び悩んでいた。
「色気のある服着れば椿君も盛るんじゃないかしら」
 友人のなんかちょっと失礼な助言を信じ、クローゼットを漁ったのだが、それらしい服は見当たらなかったので、またまた友人に頼りそれらしい服を借りたのだった。強調するほど大きくもない胸を見せつけるように作られた服を着て、やはりこういった類の服はスタイルのいい人が着てこそ本領を発揮するのではないかとため息が出た。折角借りたのだし、藁にもすがる思いで友人から借りた服を着た。
 鏡の前でコーディネートした姿を見て、改めて自分の身体の貧相さを実感した。もしかして椿君は巨乳好きで私の身体に魅力は感じないとか!?と嫌な考えばかりが頭を駆け巡る。
 覚悟を決めろ、ハル!と自分を奮い立たせて家を出た。ステップアップできたらいいな、でも可愛いとか言ってもらえるだけでいいか、そうだそれも進歩じゃないかと段々ハードルは低くなっていった。気合いを入れすぎたかなと心配しつつ、普段より少し高いヒールを履いてハルは大介との待ち合わせ場所に向かった。
 
 待ち合わせ場所に近づくと、そわそわと落ち着きのない大介の姿が見えた。もしかして、遅刻かと焦ったハルは足を速めた。少しでもセクシーに、と気合いをいれた少し高めのヒールはそれを邪魔するようにハルの前に立ちはだかった。走りにくいことこの上なく、とんだ誤算だとハルは舌打ちをした。なんということだ!
「つ、椿君ごめんね…遅くなったね……」
「紺野さん、えっと、俺が早く来すぎただけなんで…」
 ハルは気合いも入れて十分前には着くように家を出たはずだった。大介がこんなにも早く来るとはまた大誤算であった。しかしもしかしてそれも自分とのデートを楽しみにしてくれていたのではないかと思うとハルはどうしようもなく嬉しくなって、自然と微笑んでしまった。

「もうクリスマスなんだねえ」
 どこもかしこもイルミネーションで彩られた街を歩いて行くと、二人と似た男女がすれ違って行く。腕を組んだ二人をついついハルは目で追ってしまう。付き合ってるなら、あれくらい…と思いきって緊張と寒さで少し震える腕で大介の腕を抱いた。すると大介はねじが止まった人形のようにぴたりと止まり、ハルもそれにつられてぴたりと歩くのを止めてしまった。
(これは、もしかして、む、む、胸を押し付けてるんじゃ…!?)
 自分から行動してみたはいいが、とても恥ずかしくて次に移せない。調子のってごめんなさい、と心の中で謝る。どうしたら、と内心焦って腕を離そうかとそろりと大介の方を見ると、ハルの思った通り真っ赤な顔だった。ふと大介と目があって、ハルの頭の中は真っ白になってしまった。
 大介は一度気持ちを落ち着けるように息を吐いた。照れくさいのか顔は真っ赤なまま、ハルのほうを振り向いた。
「えっと、あの、行こうか!」
 真っ赤な顔してそんな笑顔を浮かべられたら、もうハルは腕を離せなくなってしまった。念願の「腕を組んで歩く」という目標をひとつクリアしたのだった。
 歩調をさりげなくハルに合わせたりしてくれるところだとか、そういうところ好きだなあと思いハルは再び大介の顔を窺うと、少年のような笑顔で前を見据えていた。言ったらちょっと残念そうな顔をするのはハルも分かっているので、心の中で「可愛いなあ」と呟いた。

(嬉しんだけど、嬉しいんだけど…!)
 椿大介は葛藤していた。彼女であるハルから腕を組んでくれたのはとても嬉しかったのだ。好きな女性であるし、やはり触れたいと思う。ただ、自分から行動を起こせないとは情けないと反省したのも事実であった。今日は俺がエスコートするんだと意気込んだのはいいが、具体的にはどうすればいいのか分からないのが現状だった。エスコートしろだの押せだの助言したチームメイトは具体的には言ってなかったのである。とりあえずこうやって腕を組むと言った恋人らしい行動ができたのだ、と大介は素直に喜んだ。
 嬉しい半面、困ったことがあった。胸が当たるのだ。お世辞にも大きい方とは言えないハルの胸であるが、胸は胸である。コートや服で分かりにくいが、確かにあたっているのである。胸が気になってしまえば自然と目線もハルの胸に向かった。
 俺はなんてこと考えてるんだ!
 そう止めようとするものの、やはり気になるものは気になるもので、盗み見るように大介は目線を動かした。椿大介は再び葛藤する羽目となった。
 いつもとハルの雰囲気が違うと気付いたものの、具体的な原因まで分からなかった大介だが、ようやく気付いたのであった。服装がいつもと違ったことに、ようやく気付いた。いつもと違うね、とか似合ってるよ、とか気の利いたことでも言えばよかったんじゃないかと数十分前の自分に叱咤する。とにかくハルの服装がいつもと違うことに気付き、もう一回、と見てみれば自然と自分の腕に絡まるハルに目が行き、つまりいつもより広く開いたデコルテに目線がいったのである。見えそうで見えない谷間を見てしまったのである。勢いよく顔を逸らし、ばれてないだろうかとハルの様子を窺った。ハルは少し赤い顔で、微笑んでいた。ハルも自分と同じく、嬉しい気持ちなんだろうか。そう思うと大介もまた嬉しくなった。自分のことを考えてこうやってヘルシーな料理のお店を探してくれたり、気遣ってくれるところや、自分といるときにこうやって恥ずかしそうに笑う顔が、大介はどうしようもなく好きなのであった。
 そんな純粋な気持ちと同席しているのが捨てきれない下心である。大介も健全な成人男性である。もうやって胸を押し付けられてはむらむらするのである。しかしハルは純粋に腕を組みたいだけで、意識しているのは自分だけであると思うと恥ずかしかった。魅惑の胸元をちらりちらりと見てみると、やはり見えそうで見えない谷間が大介の心を擽った。大介は今日こそ一歩進むぞ、なんてハルの胸元と見つつ決意を新たにするのであった。

 食事も済ませ、これからどうしようかと二人して悩んでいると、自然と帰路についていた。進展らしい進展はなく、最初に腕を組んだのが最後だった。それからショッピングをして、食事をして、また話しながらぶらぶらと歩いていた。
「あのね椿君」
「はい」
 やはりやりすぎたと感じるこの服に反省しつつ、ハルは話し始めた。視線を落とせば繋いだ手と手が見えて、また嬉しくなって頬が緩む。ハルは頑張れ私、と自分にエールを送る。
「こっ、今度は、お泊りっ、デートみたいなものをしたいななんて………」
 意気込んだもののやはり最後のほうは恥ずかしくなって尻すぼみしてしまったのであった。

 ハルがら告げられた言葉に大介の頭の中ではファンファーレが鳴り響いた。同時になんで自分の方から言えないんだ情けない!と叱咤した。しかしながら嬉しさに情けなさは埋もれてしまいすぐに消え去った。
「どうでしょうか、大介君…」
 蚊の鳴くような小さな声だったが、確かに自分の名前を呼ぶ声が大介の耳に届いた。大介の顔を窺うように見つめられ、下の名前で呼ばれては―――ああもう上目遣いは―――どうしようもなくなって、ハルを抱きしめた。恥ずかしいとかそういう考えは大介の中からぶっ飛んでしまったのである。慌てふためくハルをよそに、大介は恋とか愛とかなんだか嬉しくて温かいものに浸っている気分だった。少しハルが大人しくなったところで、ハルと大介と目があった。少し潤んだハルの瞳にを綺麗だなあと冷静な気持ちで見つめながら、大介はハルに口づけを落とした。ふにっとした感じが、女の子なんだなあだなんて少し堪能している大介であったが、ハルはそれどころではなかった。キスされただけでも驚いていたのだと言うのに大介が堪能までしているものだから、息をするタイミングを逃してしまい苦しくなったのであった。ハルはようやく離れたと酸素を取り込む。大介の方は何ともなさそうな顔で、やはりサッカー選手は肺活量もすごいのだろうかと思いつつ大介を見つめると、いつもと違った―――そうだ、ピッチの上で見せる、凛々しい大介で―――ギャップに戸惑ってハルの心臓が爆発しそうになった。大人な大介もかっこいいなだなんて思いながら見ていると、大介はまた少年のような笑顔でハルに告げるのだった。
「俺の部屋で、いいですか」
 
20101211 title"氷上"

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