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平線のむこうの人へ



 レギュラスへ。お元気ですか、私は元気です。真夏の陽射しが強くてとても外出できません。

 じわじわと暑さが込み上げる。夏はもうすぐ終わるというのに、秋の気配は一向に見えない。ペンを握る手は、僅かに汗ばんできた。頬を伝う汗が疎ましい。
 傍らに置いていたコップの中の紅茶が、ゆらゆらと涼しそうに揺らいでいる。
 黒インクが羊皮紙の上をぐにゃぐにゃと走る。何年経っても慣れない書き心地に、ペンを握る手に力が入る。
 ―――駄目だなあ。字が汚くて、読みづらい。
 いびつな形が並ぶのを見て、溜息が出る。ぐにゃぐにゃと不安定な文字たちはまるで自分のようで、好きになれなかった。魔法で字が綺麗にかけないかなと思うが、一向に上手くならない。ペンはペンでも、ボールペンならちょっとはマシな字なんだけど、と言ったらレギュラスに笑われたのは記憶に新しい。
 隣に置いていた、レギュラスからの手紙を見る。まるでレギュラスのような、綺麗で几帳面な文字が並んでいる。授業は決めましたか、とか、教科書は買いましたか、なんて母親のようなことも書いてある。
 今、レギュラスへの返事を書いている。月並みな文章しか浮かばない。授業は大体決めたよ、教科書はまだ。レギュラスはどう?インクが滲まないように気をつけて、彫刻を彫るような気分で文字を綴る。

 相変わらず汚い字でごめんね。

 これも毎回書いている文章の気がする。まあいいか、なんて思いつつ、文章を考える。
 真夏の陽射しが窓から差し込む。からっとした空気、蝉の声。時折部屋に入り込む風は、微かに夏の匂いがする。からん、コップの中の氷が溶けていく。コップに纏わり付く水滴がつうっと机の上に落ちる。

 ―――ハルさんの文字、一生懸命で、可愛らしくて僕は好きです。

 レギュラスの手紙の最後の文章。一字一字指でなぞってみる。ふふ、と笑いが零れた。
 コップに口を付ける。すうっと冷たい硝子の感触が、唇に伝わる。一口、二口。きぃんと冷たい紅茶が喉を潤す。
 ふう。
 一息ついたところでレギュラスからの手紙と、書きかけの私の手紙を見比べる。
 よし、書こう。再びペンを握る。
 からん、からん。氷が溶ける音が響く。窓から吹き込む風はふうっと頬を掠めていく。

 私は、レギュラスに会えるのを楽しみにしています。早く会いたいです。
 夏の終わりに、ハルより。



20100712 title"ダボスへ"

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