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あなた
あなた
優しい


 折原臨也は情報屋だ。『何でも知っている』『係わらないほうがいい』とよく言われる人物である。そんな彼にも家族がいた。双子の妹は今年高校に入学したばかりである。自然とこうなった自分と違い、こうなった自分を見て育った妹たちである。最近の悩みの一つはこれであった。
 臨也は自分のことを普通だとは思わないし、自覚もしている。そして妹たちも普通じゃないと思っている。何か学校でやらかすのではないか、ふと心配になる。
「貴方がそんなこと言える立場かしら」
 貴方も同類でしょう。嘲るように波江は呟いた。臨也の耳にもその言葉は届いたが、無視することにし、パソコンに目を向ける。自分の周りには奇人変人が集まるものだ。波江さんもそうじゃないか。反論しようと思ったが、『田中太郎』がチャットルームに入室したのを見て止めた。言いたいやつには言わせておけばいい。大分賑やかになったチャットルームに、黒い背景にうっすらと臨也自身が映り込んでいた。
 自分が嫌な人間であることは多少自覚している。そんな臨也にも、知り合いはいた。その人たちは普通と言える人間ではなかったし、臨也もそう認識していた。妹たちにもそういう人間ができるのだろうか。あいつらと付き合える人間なんているのか。妹の友人関係にまで口を出したくないとは思っているが、万が一自分に害が及ぶような人間だと困る。まああいつらに友達ができるなんで想像もつかないけどね、冷めきったコーヒーを一口飲むと、かちかちかちと甘楽の言葉を打ち込んだ。
 ぴんぽーん。誰かの来訪を告げるベルが鳴る。波江がモニタを確認すると玄関に向かった。大して興味もわかなかった、どうでもいい。それよりも今日の夕飯のほうがよっぽど興味があるな、と臨也はコーヒーを飲みほした。



「イザ兄!来たよ!」
「久(久し振り)」
「なんでお前らがここにいるんだ」
「やだなあイザ兄ご飯食べに来たんだよ。イザ兄この間鍋に誘ってもらえなくてさみしかったんでしょ?悪いことしたなあって、だからこんどはイザ兄のところで鍋をしようと思ってね!ほら、野菜とお肉は買ってきたんだよ!」
 どん、舞流はとレジ袋に詰められた野菜と肉を見せつける。
 ―――波江の奴、喋ったな。ぎり、と臨也は顔を歪めた。波江はそんな臨也の苦虫を噛み潰したような顔を面白そうに見つめていた。きゃっきゃと無邪気にはしゃぐ舞流をよそに波江を睨みつけると、波江はわざとらしく目を逸らした。波江は舞流からレジ袋をもらい、野菜を調理してくるわ、と部屋主を無視し、キッチンへ向かう。
「私、嘘は苦手なの」
 本当にこの助手は俺を何だと思っているんだ。どうせ虫けらのようにしか思ってないんだろうけど。臨也はため息をつく。それを見た舞流はにこりと笑い、臨也の前に立った。
「いいじゃん、久し振りにイザ兄とご飯だし、お鍋は大人数のほうが楽しいよ。それにね、私たちに友達ができたから、ご飯のついでにお披露目しようって、クル姉が言ったんだよ」
 友達?こいつらの?
イザ兄お皿五枚!舞流はそれだけ言うと新しいレジ袋から割り箸や紙コップを取りだした。そういえば九瑠璃の姿が見当たらない。
「誰か連れてきたのか?」
「私達のオトモダチ!私達のだからイザ兄にはあげれないけどね!謙虚だからまだ玄関にいるんじゃないかなあ。クル姉が説得してると思うよ!」
 一体誰なんだ。



「九瑠璃、いるのか」
 皿を取りに行くついでに玄関に向かう。万が一のためにズボンのポケットの折りたたみ式のナイフは握っておく。近づくにつれ、話し声が聞こえてくる。はっきりとは聞こえないが、悪い、気にしない、でも、大丈夫、と断片的に聞き取れるあたり、舞流のいう『お友達』は臨也の家にあがるのを遠慮しているようだ。それもそうか、いきなり友人の兄の家に招かれ、鍋をしようというのだ、そんな突拍子もない誘いにほいほいのれるものか、一般人なら。
 玄関には体操服の妹と、来良の制服を着た少女がいた。背格好も妹たちとはさほど変わりない、普通の少女だった。臨也の登場に緊張したのか、目線が定まらない。結局少女は自身の靴に視線を固定した。そんな少女と兄と交互に見つめた九瑠璃は少女の手を握り、一度頷くとまた兄のほうを見た。
「友(私達の友達)」
 少女は九瑠璃を見つめ、その名を呟くと思い出したように慌てて臨也を見た。目を合わせたかと思えばすぐに下のほうへと移動してしまったのだが。
「あっ、あの、クルリちゃんとマイルちゃんの友達の、紺野ハルですっ」
 ハルは勢いよく頭を下げた。それから九瑠璃と顔を合わせると笑いあった。
 本当に普通の『友達』なのか。判断材料が少なすぎるが、九瑠璃と舞流がここまで懐いているのだし、大丈夫なのか。俺の妹なのだから、大丈夫か。乙女の友情に簡単に割り込めるとは思わないで頂きたいと述べた九瑠璃が言っているのだし大丈夫か。臨也は結論を出すとハルを見つめた。俺に女の子をいじめる趣味はないし、妹たちの友人を無下に扱うほど酷くないさと自分に言い聞かせた臨也は営業用の笑顔を作ると、ポケットから手を離した。
「俺は折原臨也、クルリとマイルの兄だよ。まあ、遠慮せずにあがってよ。鍋は大人数のほうが楽しいんだし」



「あーッ!イザ兄!さっきからお肉ばっかり!」
「偏(偏食はよくない)」
「子供のようね。野菜も食べないと良い大人になれないわよ。もしかして肉ばかり食べてたからそうなったのかしら?」
「うるさいな。俺が何を食べようと自由だろ。早いもん勝ちってやつだよ」
 静かで無機質だったこの部屋がまさかこんなに賑やかになるとはね。臨也は舞流が目をつけていたと知りながら肉を掻っ攫った。美味しい、美味しい。ぐつぐつと煮える土鍋を囲んで大勢で食事。臨也は嚥下すると隣の少女を見る。くすくすと笑いながら箸をすすめる様子は年相応の少女であった。臨也の視線に気づいたのか、ハルは臨也を見つめると、恥ずかしそうに俯いた。
「ごめん、うるさくて」
「い、いいえ、賑やかな食事は、いいと思います」
 先ほど不躾にハルを見ていたことを軽く謝罪する。ハルは気にしません、と臨也を見て微笑んだ。
「あいつらが友達を連れてくるなんて珍しくて」
 ちょっと気になってね、と続けるとお茶を飲み干す。ハルはきょとんとしたかと思えば恥ずかしそうに頬を染め、また俯いた。それからぽつりぽつりと話し始める。
「私、入学式の次から風邪をこじらせて学校お休みしちゃったんです。次に学校行ったときには、その…グループ出来上がっちゃってて…私、友達作るのとか、苦手で…クラスの雰囲気にも慣れなくて。教科書忘れちゃったとき、隣の席のマイルちゃんに話しかけて、それから。クルリちゃんも友達になってくれて…」
 あの入学式三日目の事件を知らないのか。臨也は舞流たちからぼんやりとしか聞いていなかったが、舞流たちを孤立させるには十分な材料だろうと認識していた。かわいそうに、きっと舞流の隣の席というだけで敬遠されていたのだろう、本人が自覚していないしそれが事実かは分からないが。舞流じゃない隣の席の子に話しかけていれば何か違ったかもしれない。舞流と九瑠璃と友人になったおかげでこれから先新しい友人は望めないのかもしれないな。
 それでも嬉しそうに舞流と九瑠璃のことを『友人』と話すハルを見ていると、それでも良かったのかもしれないと思えた。
 俺にも人並みの感情が残っていたんだな。俺も所詮人間か。
「これからも、クルリとマイルをよろしく」
 ハルは臨也を見つめ、はい、と頷いた。
「あーッ!イザ兄!ハルを口説いてる!ダメ、ダメ!ハルは私とクル姉のなんだから!」
「否(あげない)」
「高校生に手を出すなんて最低もいいところよ。犯罪ね」
「お前ら今日はいつもに増して冷たいな…クルリとマイルがお世話になってます、迷惑じゃないですか、って挨拶したんだよ。お前らは何しでかすか分からないからな」
「えーヒドイ!心外だよ!」
 ふふ、とハルの笑い声がする。舞流はいつもに増して賑やかだし、九瑠璃もいつもよりよく喋るし、表情が柔らかい。波江は相変わらず冷たいが、どこか楽しげだ。テーブルの上を箸が舞い、戦争を始めていく。たまにはこんな日常も捨てたもんじゃないな、と臨也は隣の少女を見て、思う。
 新宿のとあるマンションの一室が賑やかな中、ゆっくりと夜の帳が下りていく。

20100709 title"ダボスへ"

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