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勇気凛々

 ハルとミストはキッチンに立っている。些か身長が足りないようだが、そこは台を使っているので問題はない。
 料理をし始めたばかりの少女たちは危なっかしくて心臓をいつになくフル稼動させていたオスカーだったが、肉の下味をつけるくらいなら危なくもないだろうと考えた。なので、少女たちには肉を焼くまでの仕込みを頼んだ。しかし少女たちは納得せず、焼きたいだの包丁を使いたいだの言い出した。いくらなんでもそれはオスカーの寿命を確実に縮める結果なので、仕込みがいかに大切か、少女たちに説いた。単純な少女たちは呆気なく騙され、重大な任務を任されたかのような表情で一回頷いた。胡椒や塩をすり込むだけなのだが。
 仕込み終わった肉をオスカーに渡すとき、少女たちは一仕事終えたような、勝利の美酒に酔いしれるような表情だった。そこからはオスカーの仕事なので少女たちは一息着いた。その間簡単なポテトサラダを盛りつけてもらう。大体オスカーが作ってしまったので少女たちはいかに美しく見せるか四苦八苦している。そこまでしなくてもいいのに、とオスカーはこっそりと笑った。
 調理も終盤に差し掛かった頃、ソースを煮詰めるオスカーは、鍋をじっと見つめるハルに気付いた。
「なんだい?」
「アイクさんが、『肉はそのままでも美味いが、ソースが美味いとさらに美味い』って言ってたから…その、勉強しようと思って」
 頬を染めるハルの言葉は尻すぼみになってしまった。なるほど、そういう訳か。ハルの恋は知っていた。すぐ顔に出てしまうのだ、幼いヨファにまで知られている。気づかないのはそういう類の話に疎いアイク――少女の好きな人なのだが――ぐらいだろう。当事者たちは既に両思いだということを、周囲は知っている。二人ともいつも一歩踏み出せず足踏みばかりしているのだ。中々進展のない二人の恋路は、見ているこっちがそわそわするくらいだ。
「ああ、ちょうど用事を思い出した。ソースを任せても良いかい?」
「うん、うん!」
「煮立ってきたらこちらの調味料を加えて。焦げないように混ぜて、五分経ったら火から離してくれればいいよ」
 オスカーの言葉を一つも漏らさないようにハルは時折復唱した。オスカーの「お願いできますか」という言葉にハルは大きく頷いた。オスカーは心の中でハルにエールを送り、その場を後にした。その様子を見ていたミストも、笑って食事を運びはじめた。



「どうですか、オスカーさん」
 恐る恐る尋ねるハルの前で、スプーンにのせたソースを味見する。いつも自分が作るものと遜色はないくらいだ。オスカーは微笑みながら合格を言い渡すとハルはまた花が咲くように微笑んだ。

◆◆

「ミスト、何故俺だけ肉がない」
 父親との鍛練を終えたアイクが不満を放つ。ミストがメインディッシュのローストビーフをそれぞれの前に並べるが、自分の分だけない。
「まだ並べてないの、焦らないでよ」
 しかし自分の両隣には既にある。自分だけが飛ばされたのが不満なのだ。しかも大好物の肉料理なのだ。許されるものなら隣の父親のローストビーフを奪ってやりたい。
「サラダを先に食べればいいじゃないの」
 ティアマトが困ったように笑い、提言するが、「俺は今肉を食べたいんだ」と言って憚らない。肉好きもここまでくると困り者だ、と周りは苦笑いを零した。

◆◆◆

「ア、アイクさん、お待たせしました」
 まだかまだかと待ち侘びていた肉料理が姿を表した。今すぐ食いつきたいくらいのアイクだったが、最近やたらと目に入るハルが運んできたのだ、少しの理性で踏み止まった。なんとなく、醜態を晒すことが躊躇われたのだ。姿をよく見つけるようになり、なんとなくハルの行動を目で追ってしまうのだった。それで思わずぼーっとしてしまうことがしばしばあったり。それに加えて、ハルの前では頭が真っ白になったりしたりするのだった。そのことでセネリオに心配されたり、ティアマトに苦笑されたりもした。しかしハルは自身の行動がわからないままだった。
 とりあえずお礼を言うも、いつもに増して無愛想になってしまった。ハルと一緒にきたオスカーは笑いたい衝動を抑えるように、噛み締めた。
「あの、遅くなってごめんなさい」
「いや、構わない」
 今まで肉はまだかと急かしていた奴の言うことか!ミストはぎこちなく話す兄の姿に心の中でツッコミを入れた。

◆◆◆◆

 なんとなくハルの視線がこちらにある気がする、とアイクは思った。ちらりと視線の元を見れば、ハルがいた。アイクがハルを見ればさりげなく目を逸らされる。見間違いかと思ったが、そうでもないらしい。確かにハルが自分を見ているが、なぜ目を逸らされるか分からない。
 そのような行動をされるとアイクでも傷つく。まさか俺はまずいことでもしたのか、とアイクは焦った。しかし食事中に焦っても仕方がない、と次々肉を食べていくのだった。
「今日のローストビーフはどうだい、アイク」
 普段自分の作った料理の感想を求めて来ないオスカーがアイクに尋ねた。いつもにましてにこにこしているとは思っていたが、珍しい、とアイクは咀嚼しながら思った。とりあえず咀嚼を続けた。飲み込めていないのに話すとミストがうるさいのだ。オスカー、ちょっと待て、と目で語りかける。オスカーに伝わったかは、分からないが。
「美味いぞ。肉もだが、ソースも美味い」
 アイクは率直な感想を述べた。するとアイクの言葉を聞いたミストが突然良かったね、とそわそわしていたハルに話す。ハルはほっとしたように笑顔になった。
 いまいち話が掴めないアイクは頭に疑問符を浮かべるばかりだった。そこでオスカーが「今日のソースはハルが作ってくれたんですよ」と一言。なるほどそれでそわそわしていたのか、とアイクは納得した。最近気になる子、アイク自身は好きだと自覚はしていないものの、好きな子が作ってくれた大好きな肉料理、というだけでローストビーフはさらに美味しく感じられた。
 ハルはミストと嬉しそうに会話を続けている。オスカーがソースを作るきっかけになったいきさつをアイクに耳打ちした。まさか自分の発言だとは思わなかったアイクは素直に驚いた。ここまで言われて気づかない鈍感でもないアイクは一つの推測を頭の中で打ち出した。同時に最近の自分の行動や気持にも合点がいった。
 これは自惚れて良いのだろうか。
 オスカーに小さく語りかけた。オスカーは満面の笑みでいいと思いますよ、とだけ言った。
 なら、ハルに思いを告げてみようか。アイクはそう思い、また一口ローストビーフを口にした。

20100302 title"ダボスへ"

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