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 今日は、とても寒い。
 僕は廊下を歩いていた。ただそれだけだった。暇だし、本でも読みにいこうとしていた。そのため、あの暖かい部屋から出てこの寒い廊下を歩いている。最初は引き返そうかと思ったが、もう帰れないところまできている。寮から遠いし、図書館までも遠い。しかし若干図書館の方が近いかな、というところだ。早く図書館に入ってしまいたい。冷たい空気が無防備な手と顔を刺していく。ポケットに手をポケットの中に入れてみた。暖かい、と期待したのにすぐ裏切られた。ポケットは案外冷たく、僕は自分の体温で温めなければならないようだ。
 極寒地に来てしまったのではないかと思うほどの寒さで、廊下ですれ違う人はほとんどいなかった。たまに早足で駆け抜けていく女子生徒の生足が、夏はあんなに羨ましかったのに今は憐憫すらしてしまう。赤くなった足を見ると、僕まで足が冷たくなったように感じた。…なんか、生足っていうと淫靡に聞こえる。兄さんみたいだ。止めよう。大体足に目が行くこと自体間違っている。発情期か。僕はすっかり冷たくなった酸素を吸う。そして、ゆっくりと吐く。早く図書館に着かないのがいけないのだ。そうだ。僕は速度を上げた。
「レギュラス!」
 突然壁から僕の名前を呼ばれた。しかし僕が完全な壁だと思っていたところには扉があった。こんなところにあったのか、と少し考えたところで僕はよく分からない部屋に引きずり込まれた。何なんだ!
「あら、おかえりなさいあなた」
 普段より少し高い声で彼女はお帰りなさいと言った。何これ。あなたって、何だ。彼女はいつも僕を「レギュラス」だとか、「レギュ」と呼ぶ。理解不能だ。
 ぐるりと部屋をみると、部屋全体は明るい。暖色を基調としたこの部屋は、シンプルな家具が置いてあるものの、どこか気品漂う物ばかりだった。テーブルには名前はよく分からない綺麗な花が飾ってある。ティーカップとティーポット、お菓子が置いてあるのできっとティーパーティなのだろうと思う。
「ほら、レギュラスの椅子だぜ」
「あなたどうしたの?お義兄さんレギュラスの様子が変ですわ。熱でもあるのかしら?」
「おにいさん!?」
 おにいさん、ってあれか。僕と彼女が結婚して、彼女と兄さんが義理の兄妹になった時に呼ぶ代名詞なのか?待て待て、僕らはまだ結婚してない、結婚出来る年齢じゃない、婚約すらしてない。昨日した話は薔薇風呂についてじゃないか。
「レギュラスどうしたの?」
 彼女の声がいつもの調子に戻った。きょとんとして僕を見ている。僕は何を言っていいのか分からなかったし、何を言ったのかも分からなかった。
「おい、レギュラスはやっぱりお前と結婚するのは嫌なんじゃないか?ぺたんこは嫌いとか」
「うるさい発情犬」
「麗しのお義兄さま、だろ、まな板。もう2カップ成長してから言え」
「うざいヤリチン消えろ」
 ぎゃあぎゃあと彼女と兄さんが口喧嘩を始めた。余計に事態が掴めない。僕は混乱し続けた。するとルーピン先輩がまあ座りなよ、と言ってくれた。とりあえず座ってみるか。
「…あの」
 僕が話し始めようとすると、ルーピン先輩は紅茶をいれ始めた。ダージリンの美味しそうな匂いがする。かちゃん、といつの間にかいたポッター先輩がケーキを置いてくれた。今までいたのだろうか?
「今失礼なこと考えただろう?」
「、いえ」
「顔がいたのか、びっくり!って顔だったよ」
「ジェームズは空気と同化してて分かんなかったんだよ。仕方ないことさ」
 はい、と言いかけた。危ない。それはないだろう、とポッター先輩は大袈裟に肩を竦めて見せた。
「まあ、お茶にしようじゃないか。冷めてしまうよ」
「…はい、で、この状況は」
「彼女の遊びだよ」
 今日は寒く、アフタヌーンティーが無性にしたくなったらしい。昨日の薔薇風呂の話を引きずっているのか、貴族のようにやってみたかったらしい。それであの慣れない口調か。僕は彼女と結婚している貴族で、今友人を呼んでパーティーをしている設定らしい。なるほど、必要の部屋にしては装飾がきらびやかなのはその設定だからか。
「どう、あなた。今日のケーキはわたくしが作ってみましたの。どうぞ召し上がれ」
 彼女はにこにこしていた。いつの間にか考えに耽っていたらしく、僕の隣にはルーピン先輩ではなく、彼女がいた。
 この部屋は暖かい。貴族ごっこだとか、どうでもよかったりするけど、差し出された紅茶も暖かく、美味しいし、ケーキも美味しそうだ。
「はい、あーん」
「貴族はそんなことしないよ」
「いいじゃない。妻として一回してみたかったの!あーん」
 彼女が優しくケーキを食べやすいサイズに切って僕に差し出した。口に入れると、控え目な甘さが口に広がった。ゆっくり、丁寧に咀嚼する。
「美味しい」
「よかった。紅茶はルーピン先輩が持ってきてくれたの」
 貴族ってお茶会するのかな。なんかイメージ浮かばないけど。彼女は独り言を呟きながらカップに紅茶を注いだ。
「わたしとレギュラスが結婚したら、こんな風にティーパーティするのかな」
 そうだと楽しいよね、と彼女はころころ笑った。僕は、ケーキを嚥下した。後味がさっぱりして、べたつかないケーキだった。
「結婚したら、アフタヌーンティーに兄さんとかいらないよ、二人でいい」
 彼女は、少し頬を紅潮させて、そうかも、と小さく頷いた。何だか僕は、顔に血が集まるような感覚に襲われた。
 どうも、この部屋は、少し暑いと思う。

おめしませ

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