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 君の首を絞める夢を見た。

 光が十分すぎるくらいに差し込んできて、柔らかい風がカーテンを揺らしている。白い壁に、白い床、まるで白い箱の中に閉じ込められているような感覚だった。白すぎて、眼がちかちかする。そして、怖いくらいに音が少ない。きいいいん、と耳鳴りが遠くで響いている。なんだか、息苦しい。上手に呼吸できない僕の声が耳鳴りを更に遠退かせた。気分は、海底に沈んでいるような気分だ。そんなはずはないのだが、僕はそれほどにもがき苦しんでいる。僕が苦しむたびに、首にかけている手に力がこもる。殺そうという意志はないはずだ。しかし僕の身体はそれに反してどんどん首を絞めていく。白い喉が跳ねる。同時に僕の喉が急速に渇いていくのを感じた。





 君の首を絞める夢を見た。

 僕は何を望んでいるのだろうか。彼女に馬乗りになってぼんやりと考えた。殺したくはない。憎いわけではない。ただ、苦手意識があった。すべてをつまらないものとして見るあの眼が、あの諦観の眼が、苦手だった。でもそれだけで殺したいと思うのは、少しおかしいのではないかと思ったが、夢の中の僕は確かに彼女の首を絞めている。僕は、何を思ってこんな夢を見ているのだろう。僕は僕が分からない。





 君の首を絞める夢を見た。

 苦手意識の前に彼女に対して感じたものは、懐かしさだった。確かにあの諦めきった瞳は見覚えがあった。むしろ、親近感を覚えた。誰かにすがりたいのに、甘えを許さないようなあの瞳。救いの手を待つ瞳。何故だろうか。プラスに近い第一印象だったはずなのに、いつのまにか苦手意識が芽生えた。いつからだろう。苦手意識、恐怖、焦燥、羨望、悲愴、葛藤、様々なものをあの瞳は教えてくれた。僕は何をしたいのだろうか。考えれば考えるほどに苦しくなる。もしかして、救いを求めているのは僕のほうじゃないだろうか。確かに僕は、助けを求めてもがいている。





 君の首を絞める夢を見た。

 彼女の瞳はいつも光を携えていた。強く、真っ直ぐなそれは、僕にはないものだった。相変わらず諦観が拭えぬようだったけど、彼女は少しずつ変わっていった。甘えに溺れたのではなく、彼女は強くなった。分厚く堅い壁を、乗り越えたような。僕と同じ位置にいた彼女はいつの間にか僕の手の届かないところまで、自分の足で歩んで行った。けれど僕は、地べたに座り込み、何かが起こるのを待っていた。進んで檻の中へと入っていった。その檻は既に開いていたのに、僕は檻の出口を閉めてしまった。





 皆消えていく夢を見た。

 そうだ、彼女と僕は似ていたんだ。あの瞳に見覚えがあるのは、僕もあの眼をしていたからだ。変わりたかった、僕自身、兄さんみたいに変わりたかった。だけど僕は弱虫で、臆病者で、諦めてばかりだった。彼女も、そうなんだと勝手に同類と見做していた。けど、違った。彼女は変わっていった。僕と同類ではない、兄さんと一緒だった。僕はそれが哀しくて、羨ましかった。何もできない何もしない自分が嫌だった。僕は、あの親近感を覚えた瞳を持つ彼女の首を絞めていたんじゃなくて、僕自身の首を絞めていたのかもしれない。だから苦しかったのかも、しれない。途端に僕の視界は滲み始めた。静寂が支配するこの空間に、僕の嗚咽が響いた。そうか、僕は変わりたかったんだ。





 何も無かったこの場所に、小さく彼女の姿が見えた。あの真っ直ぐな瞳で、僕を見ていた。僕は我武者羅に彼女のほうへと進んでいった。涙でよく見えなかったのだが、ただただ進んだ。彼女の元へ辿り着く頃には息を切らせていた。彼女はゆっくり僕のほうへ手を差し出して口を動かした。あんなに苦しかった呼吸も、もう苦しくなくなった。暖かい揺りかごに揺られているように、僕の気持ちは安らかになっていた。




「一緒に行こう、レギュラス」



炉心融解/iroha

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テーマ「人外ファンタジー」
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