杞憂ロマンス




「よう___」

「!、」



薬草を煎じる手を止めて、無言で綺麗な一礼をした好青年は___という。化野の弟子というか助手というか、まあ住み込みで化野の手伝いをしているらしい。正座で深い一礼を今なおし続ける彼は礼儀正しく、俺は勝手に好感を抱いているが 彼は俺をどうやら嫌っている。まあ嫌いは言い過ぎかもしなれないが、少なくとも苦手とはされているだろう。



「そんなに畏まんなくって良いぞ」

「………」



そろり、と顔をあげて俺を伺い見る___は依然として喋らない。今日も声は聞けないか、と少し落胆しつつも___の横に座る。ピクリと彼の肩が動いて、気まずそうな顔をしつつ 少し間を空けられた。気付かないふりをして蟲煙草を燻らせる。

彼は喋れない訳ではない。化野と喋っているところを数回ではあるが見たことがあるし、近所の子供に引っ付かれて声を出して笑っているのも見たことがある。俺の前でだけ、声を出さないのだ。



「今日はいい天気だな」



こくり、彼が頷く。



「お前が元気そうで良かったよ」



彼は薄く微笑む。



「最近どうだ?化野は煩いだろ」



キョトンとして 一拍間が空いてから勢い良く頭を振った。横に。その様子に笑うと、彼は少し顔を赤らめて 眉を下げた。



「もう行くけど また寄るよ。勉強もいいが、体は壊すなよ」



立ち上がって、こちらを見上げる___の頭をぐりぐりと撫で回す。子供の細い髪のような柔らかいそれは手触りが良く、合う度こうしている。喋らない腹いせだ。満足して手を離すと、彼は両手で頭を抑えた。耳が赤い。子供扱いすると恥ずかしがって彼はすぐ赤くなる。それも面白くて 口角が勝手に上がる。



「またな、___」



赤い顔のまま、また深く一礼して見送るものだから、構いたくなるのだ。彼に嫌われようと 直接言われた訳でもないし、ま、のんびり行こうかね。



「ギンコ、___と喋れたか?」



声の方を向くとにやにやと性の悪い笑を浮かべた化野がいた。___は薬を煎じてるというのにこいつは何ふらふらしてるんだ。こんなしょうもない問を俺にふっかけるくらい暇なんて、この村は随分傷病に疎いんだな。



「言いたいことはそんだけか?俺はもう行くぜ」

「ははは!次は喋ってくれると良いな!」



元気でな、と笑いながら手を振る化野に片手を挙げて応える。次もその次も___は喋らないだろう。だが それでも構わないと思う自分がいる。どこかその特別扱いに優越感を感じてるのだ、馬鹿馬鹿しいことに。はあ、と自分に呆れて吐き出した溜め息は夕焼けの赤に染まる空気に溶けた。








「難儀だな」



化野はぽつりと呟いた。


(緊張で、喉が引き攣って 声が出なくなるんです)
(綺麗な方だなと思って、そしたら、もう駄目でした)


前にギンコが不憫になって 何故喋らないのか、と問うたことがある。そのときに瞳を揺らしながらそう哀しげに話したあの子を思い出す。その揺れた瞳は確かに恋慕を秘めていた。ギンコがそれに気づくのはいつになるか分からないが。

部屋で落ち込んでるであろう彼を慰めるべく、化野は夕日に背を向けた。


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