hpmi独歩 とあるしゃちくのあさ




なんでも肯定してくれる青年と観音坂独歩



ふ、と目が覚めたーーー覚めて、しまった。

観音坂独歩は音もなく瞼を開けた。


……もぞ。


芋虫もかくやというようなもっさりした動きで充電を完了したケータイを見やる。時刻は6:49。…アラームは7:00にかけているのに。
クソだ。11分も予定より早くこの理不尽で悪意に満ちた現実と向き合わなければいけないことになってしまった。どうして俺はいつもこうなんだ…。
口を動かすことすら億劫で、内心ぶつくさとぼやきながらサッとアラームを解除しておく。起きている時にけたたましく鳴るアラームはこの世で最も不快なもののひとつだと思う。
ブルーライトが目に痛いケータイを投げ捨て、なんとか上半身を起こす。……が、そのまま上半身は前に倒れ、布団から抜け出せない下半身を枕代わりにうつ伏せる。起きなれけばならないが起きたくない、という相反する二つの思いがぶつかった末路だった。

ああ、また今日も地獄の一日が始まった…。
どうせ今日もあのハゲ課長に嫌味を言われて、お客様には忙しいからと袖にされ、同期や後輩には仕事が遅いと嘲笑われ、女性陣にはこの陰気さから気味悪がられるんだ……。
あああそうだ、そう、全部俺のせい、俺のせい、俺のせい…。すみませんすみませんすみません…。俺なんかが生きてるせいで周りを不快にさせてしまうんだ。この世で最も不快なもののひとつにきっと観音坂独歩はランクインしていることだろう。俺なんかもう死んでしまって遺体を山の肥やしにした方が幾らか地球のためになるんだろうな……

ーーーーガチャッ



「独歩さん7時…っと、今日もアラーム前に起きれたんだ〜すごいね!」

「!、___…」

「おーはよ。今日の朝ごはんには独歩さんの好きなシャケあるよ〜食べれる?」

「食べる、すぐ行くから」

「わかった〜」



青年は左手をふりふりと小さく振ってキッチンへ戻っていった。
さっきまでの暗い感情が霧散して、朝特有の爽やかな空気が身体に満ち満ちた……気がした。
まるで観音坂独歩がまっさらで綺麗な人間に生まれ変わった………なんて気もした。

実際にはこんなクズな俺がそんな素晴らしい人間になれるはずもないし、朝の爽やかさとは光年レベルで無縁なのは重々承知だ。けれどこの儀式のようなそれーーーつまり自分より十も歳下の青年に甘く優しい声で朝食に呼ばれることーーーをされるとそんな気がしてしまうのだ。
…逆に言うとこれがないと、もう観音坂独歩は布団から出られないただのヘドロになってしまうのではないかと思ったりもする。クズ人間である。

そんな自分より十も歳下の甘く優しい声を出す青年は___という。___はこんなダメな俺をなんでも肯定してくれるのだ。
最初は「起きれてすごい」なんて、あまりに俺が人間として底辺だからそんなことでも褒めてくれるのかと…要は俺のことをバカにしてるのかと思ったが、一二三にも同じようなことを言うし、なんなら寂雷先生にだって恐れ多くも同様だ。いつでもなんでも誰にでもどんな小さなことでも褒めてくれるのでそういう性分なのだと気づいた。
それからはもう先述した通りだが___なしでは正直生きていけなくなってしまった。大人になってからこんなに自身の存在を無条件に全肯定してもらえることなど滅多にない。___だけは俺を見て、赦して、愛してくれる…。



「………クソ…、ムラムラしてきた……」



___が朝食を用意して待っている。そんな健気な彼に朝っぱらから穢らわしいお願いなど出来るはずもないし、というか一二三も帰ってきてるだろうし、一二三を巻き込むと倍は時間が掛かるし、そもそも自己処理する時間すらない…。時間は無常。仕方ない、今日の仕事のことでも考えて萎えさせよう…。
帰ってきたら、きっと___にご褒美を貰わなくちゃいけない。その為にも日付を跨ぐ前には絶対帰ってやるからな…!


(フラグは当然回収される)



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