2日目




モデル体型な見かけによらずというか、筋肉質な見かけ通りというか悩むところだけど、降谷くんはよく食べる。どこか異国を感じさせる顔立ちからは想像しにくいけれど特に日本食が大好きだ。降谷くんが作ってくれる食事は日本食が多いし、よく分からないけど副業?で喫茶店のアルバイトをしていた時に考案したサンドウィッチには隠し味に味噌を塗るらしい。そんな日本食大好きな降谷くんはもちろん丼物も大好きで。


「お待たせしました」

「ありがとうございます」


降谷くんが笑顔で店員さんに対応する。テーブルの上に置かれたのは漆塗りの重箱と汁椀だ。
副業の話のときに「少年探偵団」なるものが出てきた。なんでも喫茶店によく来る小学一年生の5人組で、ごっこではなく本当に殺人事件を解決したこともあるのだとか…。小学生が喫茶店なんてマセてるな〜とかそんな次元じゃなかった…すごくビックリした…。
それはともかく、そのメンバーの1人に鰻重大好き少年がいたとかで、急に鰻重が食べたくなったらしい。僕も鰻重なんて久しぶりで何だか嬉しい。一人じゃ土用の丑の日もスルーしちゃうし。

わくわくしながら繊細な金蒔絵が施されている重箱を開けると、かぱっと小さく音がした。湯気でうっすら白い視界の中に現れる、いっぱいに敷き詰められた蒲焼。タレの照りと皮の焼き目が食欲をそそる。はああ美味しそう…!
さて食べるぞ、と箸を持つ。僕と同じく鰻重に見蕩れ終えた降谷くんは、小さな陶器の入れ物から匙で山椒を振り掛けて蓋をした。


「えっ、蓋するの?」

「ああ。蒸らすと馴染むんだ」

「へえ…、あとで一口欲しいな」

「勿論」


かぱり。降谷くんが蓋を開ける。少しだけ山の青い香りがした。顔を見合わせて、合掌。


「「いただきます」」


箸を差し込むとふんわりと入る。僕も降谷くんも重箱の左下から攻めていくタイプみたいだ。柔らかい鰻を切り分けて、下のお米から持ち上げて口に入れるーーー…美味しい!!ふわふわしっとりした鰻の身と、香ばしい甘辛いタレがたまらない。専門店だからかいつも少し気になる小骨がない。たしか100本ぐらいあるはずなのに、流石いいお値段するだけあるなあ…。その美味しさの中に炊きたての白ご飯のほのかな甘みも感じて、降谷くんじゃないけど本当に日本人で良かった、なんて思う。
鰻重を味わっていると、降谷くんががっつりと落とさないか心配になるくらいの蒲焼と白ご飯を大きく開けた口に箸で運んだ。運動部の男子高校生と同じ食べ方のはずなのにどこか様になっている。降谷くんマジック。降谷くんは熱かったのか少し眉根を寄せて、箸を持った手を口元に当てたまま咀嚼する…と、ぱあと顔を輝かせた。


「!、美味しい…」

「うん、すっごく美味しいね」

「ああ」


降谷くんはきらきらした目でまた大きい二口目を箸ですくい上げて、口へ放り込む。目尻を下げて幸せを噛み締めながら、汁椀ーーー肝吸いに手を伸ばしてそのまま口元に持って行く。ふうふうと気休め程度に息を吹きかけて、伏せ目がちになりながら音を立てずに数口飲む。落ち着いたのか、ほう…と息を吐いた。そしてもう一度重箱に箸を向かわせるその途中でふと、顔をあげた。


「……食べないのか?」

「へ……っあ!」


声を掛けられてハッとした。最初の一口を食べてから、僕の箸は空気を掴むだけだった。


「俺ばかり見てたら冷めるぞ」

「ご、ごめん、たべます…!」


だってだって、降谷くんが色んな表情をしながら鰻重を満喫してるのが可愛すぎて…!!でもこんなじっと見られてたら気が散るだろうし、反省…。降谷くんの呆れ笑いな表情も素敵だけど見ちゃダメだ。
慌てて箸を持ち直し、少し冷めた重箱から一口、二口と食べ進めた。








「はあ、美味しかったあ…」

「スーパーのも最近は美味しくなってきてるけど、やっぱり専門店のは別格だな」

「えっ!降谷くんスーパーの鰻食べたことあるの?」

「俺をなんだと思ってるんだ…」

「えーっと、あは、はは…」


いやだって降谷くんはこういう良いお店ばっかり行ってそう…、とは流石に言わずに笑って濁しておいた。わざと濁されてくれた降谷くんが今日は奢ってくれるみたいで、素直に有難くお礼を言う。前に遠慮して逆に奢ったら、翌日なぜか倍額が財布に入っていたのでもうしないと固く誓ったのだ…。降谷くん変なとこで意地を張るよね……。
降谷くんがお会計をしてくれている間、横に並んで手持ち無沙汰にレジの端っこに飾ってるぷっくりしたまねき猫や細い葉の観葉植物なんかを見てると、お店の奥から生成り色の着物を召した上品な女性が出てきた。女将さんだろうか?


「仲がとってもよろしいんですね。ご友人で旅行ですか?」


温かく笑って話し掛けてくれた。なるほど、僕と降谷くんは似てないし、「降谷くん」なんて苗字呼びしてたから、男二人組でも兄弟だとは思わないよね。それに僕も降谷くんもよく大学生に間違えられるから卒業旅行とでも思われてるのかも。丁度いい、話に乗っておこうーーー


「いえ、恋人です」

「!?ちょっ、降谷くん…っ!」

「あら、失礼しました。ではこの先にある稲荷神社に行ってみてはいかがですか?」

「!!?」


鳥居がとても綺麗なデートスポットなんですよ、と続ける女将さんに面食らう。えええー…そんな……。普通本気で受け取ってうわって顔するか、冗談だと思って一笑に付すかなのに、この女将さんすごい…これが神対応というやつか…。


「へえ、それは素敵ですね。行ってみます。ああそれと、とても美味しかったです。ご馳走様でした」

「あ!ご馳走様でした!」

「こちらこそありがとうございました。またのお越しをお待ちしておりますね」


女将さんに見送られながらお店を出る。はああ…未だに心臓がドキドキしている。あんなサラッとなんでもない事のようにカミングアウトするなんて…流石降谷くんだ。小心者の僕には到底できない…そこに痺れる憧れるぅ……。落ち着こうと胸を摩っていると、降谷くんが僕に手を差し出す。


「神社まで俺が運転しよう」

「ありがとう。でも大丈夫だよ、行きしに見たとこだよね?」

「迷わないかの心配じゃなくて、俺が原因で事故を起こされちゃ堪らないから…」


勝手に僕が着てるジャケットの内ポケットから車のキーを抜き取りながら、降谷くんが目を眇める。
降谷くんが原因で、僕が事故を起こす?そんなこと有り得ない。だって降谷くんは助手席にいる間、僕が眠くならないように会話してくれたり、飲み物を差し出してくれたり、ナビゲートしてくれたりと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのだ。だからそんなことはーーー…ああいや、ひとつだけ。ある可能性に思い当たって、顔が熱くなる。


「ちがっ、あ、あれは降谷くんが美味しそうに食べるからつい…!運転は大丈夫だよ!」

「どうだか」


確かに鰻重食べてた時みたいに、降谷くんに夢中になって事故を起こしました、なんて洒落にならないけど!流石にそんなことしないよ!キーを奪い返そうと手を伸ばすも届かずに、降谷くんの胸ポケットの中へ見せ付けるように入れられた。


「じゃあほら、取れるものならどうぞ?」

「うっ………、あーもう!運転お願いします!」


降谷くんの胸をまさぐるなんて!僕にはできないよどうせ!!からからと笑う降谷くんなんかほっといて駐車場へ駆け出す。せめてせめて、運転席のドアを開けるくらいは僕にさせてよ降谷くん。


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