1日目




パンの焼ける、いい匂いがする。

ふと眠りから浮上途中のたゆたう意識の中で感じた。おいしそうだなー。そういえば昨日コンビニで買った後、玄関で放り投げたあのパンどうなったんだろう。あれ、もしかしてこれがあのパン?いやいや、パンは1人でに勝手に焼けたりしないでしょ、つまり誰かが焼いてーーーー………


「……んあ!?降谷くん!!?」


がばりと飛び起きて扉が開いているリビングに駆け込むと目がチカチカした。それもそのはず、キッチンに立っている青年のブロンドが光を反射してそれはもう神々しささえ感じるほど輝いている。天使だ…天使がいる…!!


「おはよう。もう出来るから顔洗って来いよ」

「…すごい……降谷くんが2日も僕の家にいる……せいてんのへきれき…てんぺんちいのまえぶれ…?」

「ああそうだ、今日からここに住むけど文句ないよな?」

「え!!?」


すむ、住む!!?降谷くんが!?あのゲイバーでの衝撃的な出会いから数年間の間ずっと2ヶ月に1回会えればマシな方だった降谷くんが!この家に!住む!!?


「ど、どうしよう!僕何すればいい??あ!ここの最上階空いてるよ!いやここよりもっといいとこ、えーっとえーっと一戸建てっていくらぐらいするんだっけ!?」


降谷くんと住むならもっと広くて綺麗なとこがいいに決まってる。ここじゃ手狭だし、いやまあ僕は狭い方が降谷くんと物理的に近くて嬉しいけど、でも降谷くんはモデルルームみたいなとこが似合うし!
ぐるぐる考えてると降谷くんが突然噴き出した。


「ぷっ、くくっ、あはははっ!」

「えっ、ええっ、なんで!」


わ、笑われてる…めっちゃ笑われてる…!正直いつもの事なんだけど、何だか恥ずかしくなってきた。変なこと言ったかな、いや言ったか、一戸建ては流石にバカっぽい…。いやほら寝起きだから…!寝起きじゃなかったらもっとマシだから…!!


「っはは、…はあ、ああ笑った」

「うう、笑われた…」

「いや可愛いこと言い出すもんだからつい」


目尻に涙浮かべている降谷くんの方がスーパー可愛いのですがそれは。まあその涙の理由が可愛くないからチャラ……いや待てよその分差し引いても可愛いな。やっぱり降谷くんは天使だった。そんな天使な降谷くんが、眉を下げて、目を細めて、口元を緩める。その表情は何だか眩しそうで、僕に降谷くんがきらきらして見えるのと同じように、降谷くんにも僕がきらきらして見えてればいいのになんて。


「一戸建てもいいけど、まずは顔洗って来いよ」

「う…、はあい」

「それで、これからのことは全部、それからだ」

「…これからの、こと……」


降谷くんに会えるのは、良くて2ヶ月に1回。電話番号もメールアドレスも仕事先ももちろん家も、何も知らないから、降谷くんが会いに来てくれなくなったらもう二度と会えなくなってしまう、そんな関係。会う度に増えている傷跡にも、傷が傷跡になるまで僕に会わないようにしてることにも気付かないふりをして、彼が生きていることを信じてただ待つ毎日は苦しかったけれど、それで良かった。これから何十年だって、降谷くんがいつか会いに来てくれるかもしれないって、それだけで、僕は十分苦しくも幸せに生きていけた。
それなのに、それなのに今日からここが彼の家になる。僕の家が、彼の家になって、これからのことを全部一緒に考えられるなんて、そんなーーー。


「う゛、うええええふるやくんだいすきいいいいい」

「……泣き虫だな、___は」


そっと壊れ物みたいに抱き締められる。彼の力強い鼓動と、熱いくらいの体温を感じる。彼はこの身体一つでどれだけの無茶をしたんだろう。僕は何をしてあげられるんだろう。これから、これからかあ。ねえ降谷くん、僕、降谷くんとしたいこと沢山あるんだ。してあげたいことも沢山あるよ。ああでもまずは顔を洗ってこれからのことを喋りながら朝食を食べなきゃ。降谷くんからふわりと香るパンの匂いーーーこれから僕はきっと、この香りを感じる度に、この幸せな日を思い出すんだ。


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