ハッピーバレンタイン




お昼を少し過ぎた頃、僕の携帯にメールがきた。快斗だ。どうしたんだろう。デートのお誘いかな、なんて少し期待しつつ指をスマホに滑らせてメールを開く。

『今、家?』

簡素なメールに期待値が跳ね上がる。デートに誘われるときはこの出だしがお決まりになっているから。
顔が緩むのも気にせず 家にいるよ、と打っていると、少し指が滑って、快斗に会いたいなあと打ってしまった。ああそのまま指が滑って送信ボタンを押してしまったー、なんてね。気恥ずかしさを誤魔化すようにそんなことを考えていると、ピンポーンとインターホンが鳴った。

誰だろう、配達…、いや…まさか、快斗、なわけない、よね…?

まさか、と思いながらもどこかでそんな気がしている。こういうの、月9とかでよく見るよね。会いたいって言ったら実はもう家に来てるっていう。青子ちゃんがきゃあきゃあ目を輝かせていた。確かにこれは、ときめいてしまう。

どぎまぎしながら、ガチャリ。玄関を開けた。


「あれ、」

誰もいない。

急なホラー展開に驚きを隠せず辺りを見渡す。快斗どころか人すらいないなんて。ピンポンダッシュされたのかな、と首をかしげながら扉を閉めて、踵を返すーーードンッ!

「うわあっ?!」

「ハッピーバレンタイン!!」


ぶわりと広がるバラの香りと同時に、視界が真紅のバラで埋まる。目線を上げると、僕に馬乗りになっている快斗が楽しそうに笑っている。
ああ、やられた。いつの間に家の中に入ってたんだろう。玄関の鍵は施錠していたけれど、快斗にとって鍵なんてあってないようなものだものね。


「っふふ、ビックリしたあ。サプライズありがとう快斗、ハッピーバレンタイン」


上半身を起こして、膝の上に乗ってる快斗の頬に触れる。するとその僕の手に快斗の手が重ねられて、どちらともなく顔を寄せる。


「ん………、___…」


数回触れ合うだけのキスを交わして、少しだけ離れる。離れたおかげでよく見えるようになった快斗の顔は、小さく照れ笑いを浮かべていた。
…やっぱり好きだなあ。愛しさが胸いっぱいに広がる。もっとキス、したい。もう一度身を乗り出そうとしたとき、ざらついているはずの床に上質なベルベットの手触りを感じて視線を向ける。、バラの花びらだ。


「…なあ___、このバラ、21本あるんだ。この本数の意味知ってっか?」


何か企んでいるような顔で笑っている快斗に目を瞬く。本数の意味。確か108本は「結婚してください」っていうのはこの前何かで見たけれど、21本は分からないな。
早々と降参を伝えると、快斗はベニトアイトを嵌め込んだような目を細めた。


「真実の愛」


結婚という言葉を先程まで思い浮かべていた僕はその言葉を聞いて、ある既視感を抱いた。ああもう、快斗は本当にずるいなあ。ゆっくり、口を開く。


「僕なんかに、誓ってくれるの?」

「___だから、誓うんだよ」


ほら、誓いのキスを。
青紫の瞳を閉じて隠した快斗に、素直に従う。

今日は何だかしてやられてばっかりだったけれど、ホワイトデーは僕の番だ。108本のバラを頼むところを青子ちゃんに見られないようにしなきゃな、なんて考えながら僕は笑った。


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