「二宮」 つい先日までは、この音が一番好きだった。俺とは正反対の、どこまでも優しく甘ったるいその声音で、俺の名字を慣れたように滑らかに紡いだこの音が。けれど今は、この音が一番嫌いである。 「……ちょっと、お返事は二宮?」 「………。」 数秒___の顔をじっと見つめてから、わざとらしく顔を逸らす。 「二宮?おーい、二宮ってば」 柔らかい声音で何度も呼ばれても、肩を軽くつつかれても無視を決め込んでいると、小さくため息が聞こえた。 「言ってくれなきゃ分かんないよ?」 小さく舌打ちを漏らして呑気な顔を睨めつける。 「………俺の両親も『二宮』だ」 「そりゃそうでしょ。……ごめん、何の話?」 心底不思議そうに疑問符を浮かべている___を見ていると、なんだかつまらない意地を張っている自分がバカのように思えた。今度は俺がため息をこれみよがしに吐いてやる。 「…匡貴だ、___」 「え、」 いま、おれの、なまえ、 片言で喋る真っ赤な___に首を捻る。 「お前の名前は何回も呼んでるだろう」 「いや!はじめてだって!」 感激だ!と頬を赤らめて喜びはしゃいでいる___を見るからに、そうらしい。心の中で何度も呼んでいたから分からなかったな。身悶えている___は本当に嬉しそうで恋人冥利に尽きるというものだ。が、___ばかり不公平だろう。 「___」 、ずいぶんと不恰好な声だ。耳が熱い気がする。おそらく、きっと、気のせいだろうが。 「うん、なぁに、匡貴」 ぶわりと、全身の熱が上がる。 「っふは、顔赤いよ、匡貴」 甘いだけじゃない、熱っぽい響きが耳に残る。これが、これからずっと一番好きであり続ける音。 感嘆をそっと漏らして、いつの間にか閉じていたらしい目を開ける。蕩けるような表情の___の顔は、 「…___には言われたくないな」 to list |