狡い大人




大学時代の先輩の家で飲むなんて、そう珍しいことでもない。先輩に勧められるがままに飲んで、うっかり終電を逃して彼の家に泊まることになったときも、先輩に少し悪いな、だとか、先輩と飲むといつもこうだな、だとか、それくらいしか思わなかった。別段何かを期待したわけでもない。実際その夜は何もなくーーー、というか夜通しで飲み明かすことになり、彼も私もいつも通りほろ酔い気分のままラグが敷かれた床で眠った。

だから、こんなことは、きっと可笑しい。




「っはあ……、ん……っ!」

「随分と良さそうだな」


目の前の男が意地悪く笑う。彼が上下させている手によって刺激されているものは、紛うことなく私の陰茎である。


独り身である自分は、隣で物音がすれば自然と目が覚める。起こしたか、と投げ掛けられた声がいつもより低く掠れていてドキリと心臓が跳ねた。そういえば距離も近い。…朝からこの人は心臓に悪いな。 いえ、と首を振りながら何でもないフリをして身体を起こすと、先輩が少し目を丸くした。


「……なにか…?」

「いや…、お前もやはり男だな」


先輩は可笑しそうに笑う。私が、男?当然だ、逆にどこをどう見れば女に見えるのか。首を捻る私に、先輩がにじり寄って覆いかぶさってくる。寝起きの働かない頭でぼんやりそれを見ていると、すっと、あまりにも自然に、局部ーーー朝の生理現象で立ち上がっていたそこに、触れられた。バチリと目の奥が痺れる。


「あっ!、っな、にを…、ん…っ!」


異常な事態をようやく把握する。これは、可笑しい。押し返そうと思って慌てて先輩の肩を掴むが、服の上から柔く揉まれて思わずその肩に縋りつく。先輩、と制止するために呼んだ声が、自分でも分かるほど熱っぽくて頭が痛くなる。彼の指はピクリと反応して、しかし止まることなくそのまま下衣の金具に触れた。

腹部がきつくなったからといって、ベルトを外したままだったのが悪かった。手早く前を寛げられて直に扱かれてしまえば、もう抵抗など出来るわけがない。ずっと、この手に触れられることに焦がれていた。彼に触れてもらえるのなら、もう冗談でも何でもいい。

心臓の奥が痛むような気がしたが、きっと気のせいだろう。色々な感情が混ざり合う思考から逃げ出すように下唇を噛む。痛みで全て塗りつぶしたかった。


「力を抜きなさい」


その甘い言葉に、私の身体は素直に従った。いい子だ真史、とそっと耳打ちされて、私はもう何も考えられなくなった。そのまま耳を食まれて、尖らせた舌を入れられる。ーーーどうせなら、口にして欲しい。

先輩の肩から手を離して、頬に持っていく。赤い舌がちらりと見える、酷く扇情的なその薄い唇に自分のそれを重ねた。


「んん…っ、……ふ、ぁ…っむ、」


ぬるりと舌が差し込まれる。想像よりずっと熱いそれをもっと味わいたくて、口内を好き勝手に貪るその舌に己のそれを絡める。その間もずっと先輩の手は私のものを虐め抜いていて、頭が開放されない熱で焼かれる。不意に じゅっ、と舌を吸われ、下半身がビクリと震えた。一気に高められた熱を早く開放したくて言外に匂わすと、どうやら伝わったらしく華奢な手が力強さを増した。

ふと、思った。
達したら、終わってしまうのではないか。

いけない、と思って自分の陰茎を戒めようと握るが一足遅く、裏筋を強く擦られて先輩の手に吐き出してしまう。


「あっ!ひ、っ、っ、っ〜…!!、っは…っ、あ、…っはぁ……っ」


強ばっていた筋肉が弛緩して、脱力する。毛足の長いラグに埋もれながら、片手で目を覆う。

気持ち、良かった。自分で彼を想って慰めるより、ずっと。こんな快感を知ってしまって、どうすればいいのだろう。きっとこれから自慰を行う度に、あの深い口づけと裏筋を擦られる感覚を追い求め続けるのだろうと思うと、消えてしまいたかった。




「真史」

「!っ、あ…、」


私の欲で塗れた指が、ひたりと孔に押し当てられる。背中にぞわりと何かが這う。きっとそれは、浅ましい期待だった。






「っく、ぅ…ん、は…っ!んっ、んっ、…ふ、ぁ、っ〜〜〜!、っはあ、…ん、っんん゛!」


強烈な快感を無理矢理押し付けられるそれはもはや暴力だった。普通の行為の筈だ。それなりに解されて、挿入されて、腰を揺さぶられる。それだけなのに、抜いても挿れられても突き上げられても、もう何をされても信じられないくらい気持ちが良い。おかしい、以前彼を想って自分で拓いたときはこんな風ではなかった。今自分が達しているのかそうでないのかも分からないまま、先輩の背中に爪を立てる。


「、真史…、声を、出しなさい」


熱い吐息がたっぷりと含まれたその言葉を、聞かなかったことに出来ればどれほど良かっただろう。

きつく締めていた喉をゆっくり開く。律動に合わせて、自分の嬌声が小さく漏れ出した。顔から火が出そうだ。けれど、私の中に収まっている先輩の熱が大きくなったのが分かって、つい喉が更に緩んでしまう。


「せん、ぱっ、ぁ、っああ…!はあっ、…ひっ、あっ、あっ、、せんぱ、せんぱい…っ」

「っ、はあ、真史…っ」


先輩の荒々しい呼吸とその間に熱っぽく呼ばれる己の名前に、どうしようもなく興奮する。ああ、私は今先輩に抱かれているのだ。


「ぁああ゛っ!、ッ〜〜〜!!…っあ!、やっ、あっ、あっ、あんっ!、ふ、あっ!、ぁーー…っ!」


ビクビクと震える自身からは何も吐き出されない。ずっと達しているような感覚にもう泣きそうだった。射精が出来ないのなら、終わりがないのと同じだ。怖くて止めて欲しいのに、終わらないで欲しいとも思う。


「真史…っ!」

「あっ!!、ッ〜〜〜〜!!」


死ぬかと思った。最奥に亀頭をゴリゴリと押し付けられて、全身が硬直しているのに麻痺している。頭が真っ白になって、呼吸が出来ない。ぶちりと先輩の背中の皮膚に爪が食いこむ。ずるりと引き抜かれた熱にほっと息を吐こうとしたそのとき、止めを刺すように押し込まれた。


「っ!!、っ!、〜〜〜っ!!」

「っ、…く……っ!」


声は出なかった。熱いものが体内に流し込まれて、これ以上ない幸福を感じながら私は意識を手放した。






「ーーーーっはあ、…真史、大丈夫…」

ではないな。
ぐったりと気を失っている真史のペニスは可哀想なくらい震えている。まだイっているのだろうか。後ろだけでは達するのも最初は難しいと聞くが、真史はそれを容易く超えてしまっている。ドライオーガニズム、というやつだろう。

力が抜けたらしく、真史の腕がずるりと背中から外れた。その指先は赤く汚れている。風呂が染みそうだな。

それにしても、だ。寝ぼけ混じりに後輩の朝勃ちをからかって陰部を触り、そのまま流れでセックスとは。私も悪いが、お前も悪いよ真史。突き飛ばして手洗いにでも駆け込むものと踏んでいたのに、随分と熱っぽく先輩、と呼ぶものだから。

まったく、いやな年のとり方をしたものだな。私も、真史も。


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