この設定 学年1位。進学校であるこの学校でこの成績を収めることはとても難しい。他の奴よりちょっと要領が良かっただけだというのに「俺ってもしかして天才?」なんて中学生まで勘違いしていたバカにはとてつもなく高い壁だった。 正直、その高い壁にぶち当たったときは別に1位にならずともそこそこの成績で卒業すりゃいいだろ、と思っていた。天才だと思い込んでいた凡人が凡人であると気づけばそんなものだ。下手に要領が良かっただけ、自分の分を弁えることもすんなりと出来た。加えて俺はそのそこそこの成績なら簡単にとれる頭をしていた。 楽に生きていくつもりだった。 そう、楽に生きていくつもりだったのだ。あの日までは、 「___」 少し低い、耳馴染みの良い自分を呼ぶ声に俺は弾かれたように振り向く。すぐ傍に彼は立っていて、切れ長の目が心底驚いている俺を見て少し緩んだ。何笑ってんだ。 「荒船!登校は明日からだろ、怪我でもしたのか?」 「予定より早く終わったんだよ。つーか、怪我なら学校来ねぇよ」 相変わらず変なとこ抜けてんな。なんて席に着きながら喉でくつくつと笑う荒船に顔が熱くなる。うっせ、荒船相手じゃなけりゃこんな凡ミスしねぇよ。 暗めの茶髪に凛々しい顔。荒船哲次。俺の好きな人だ。ボーダーに所属しながらもこの進学校に通う文武両道を体現した男。この前一緒に下校していたとき、知らない学生組(おそらくボーダー隊員だろう)が「荒船さんだ…!」とざわついていたから、おそらくボーダー内でも強いのだろう。それでいて進学校で好成績を収めているのだから、つくづく文武両道を極めている。 ちなみに俺はボーダー入隊試験で適性なしで落ちたから、ボーダー隊員はすべからく尊敬の対象である。広報の女の子とか凄いよな。あんな可憐な美少女がネイバー相手に勇敢に戦うなんて、漫画にでもなりそうだ。 「それにしても真っ先に『怪我でもしたのか?』なんて、どれだけ俺は弱いと思われてんだ」 不満そうに肩眉を上げる荒船。そんな仕草も絵になるな、なんてそうじゃない。慌てて弁明の為に口を開く。 「ちがっ、そうじゃねぇよ!ずっと心配だったからつい!、……あ」 ザッと血の気が失せた。 うわああああ何言ってんだ俺!気持ち悪い!気持ち悪過ぎるだろ!荒船が目を丸くしてるのはレアだけどこれは辛い!つーか、「あ」って!!本心漏れすぎだろ!「なんてな、てへぺろ」ぐらい言えよバカか! 「………サンキュ」 「え」 え?なんで今お礼言われたんだ…?いつもの荒船なら「キモいんだよバーカ」ぐらい言いそうなものなのに。もしかして、いやいやでもそんなまさか、いや、でもだって、えええ…? 「ち、違ってたらアレなんだけど、もしかして俺に心配されて嬉しいとか思っちゃったり…?」 「………ノートのことだバカ。とっとと出せ」 ヤのつく自由業もびっくりな強面で凄まれて、カツアゲよろしく速やかにノートを渡す俺。 あ、ああ、ノートな?いつもノート取ってくれてサンキュってことな?? それにしてはタイミングが可笑しいし、荒船の照れた表情にも説明はつかなさそうだけれど、気持ち悪がられなかっただけで万々歳だ。ノートをパラパラと捲るその姿をチラリと盗み見ると、目元がほんのり赤い。 「…………見てんな」 彼はそう呟いて、ノートで顔を隠した。見ていたのがバレてたらしい。なんでこんなに荒船っていじらしいんだろう。本当に学年1位取って良かった…。 激しい動悸で苦しい胸を深呼吸で落ち着かせる。カツカツと荒船が俺のノートを写している音を聞きながら、次の定期試験に向けて勉強の段取りを考えることにした。 to list |