穴のあくほど、なんて慣用句があるが、実際に人の視線で穴があくとしたら俺はもう蜂の巣だ。それくらい見られている。誰にって、出水先輩に。 「あの、ホント何なんすか」 「何がだ」 「なんでそんな俺のこと見てきてんすか?」 気にしないようにと努めていたが、かれこれもう10分はガン見されている。限界だった。漫画の新刊読ませろって我が家に突撃してきたくせに、その漫画は数ページだけ捲られたまま出水先輩の手の中だ。マジなんなの、照れて気が気じゃないのですが。 「前に言ったろ、穴あくほど見てやるって」 事も無げに出水先輩は言った。前って、菓子パン事件(米屋先輩命名)のときの話か?え、あれって冗談じゃなかったのかよ。じりじりと顔が熱くなっていくのが分かって、出水先輩から顔を背ける。いやいやいや、ないから。変な勘違いとか期待とかするなよ俺。出水先輩は俺をからかって遊んでるだけで…! ぶはっと噴き出して笑い出した出水先輩に、俺は何とも言えなくなる。 「くっ、あははは!おまっ、真っ赤じゃん!照れ過ぎだろ!」 「なっ、そんなの、仕方ないじゃないっすか!」 好きな人にそんだけ見られれば照れもするでしょ。 なんて勿論言えなくて、そんなに見られればそうなります!なんて可愛くない言葉が口をついた。と、同時に少しづつ出水先輩との距離が縮まる。原因は出水先輩だ。そもそもこんな広くもない俺の部屋で近づいて来られれば、あっという間に触れそうな程近くなる。なんだこれ。 「お前、意外とまつ毛なげーんだな」 そっと出水先輩の細い指先が俺の目に迫ってくるためぎゅっと目を閉じる。まつ毛と瞼に優しく触れてくるそれにどんどん体温が上がっていく。これどういう状況なんだ誰か説明してくーーー ふに、 と、何か柔らかいものが唇に当たった。驚いてパッと目を開けると、澄んだ茶色の瞳が俺を射抜く。 「え、」 「え、」 一拍おいて茶色が大きく見開かれた。え?え?なに?え?混乱していると、あんなに近かった出水先輩がバッと後ろに飛びのいてばちりと自分の口を手で覆った。え、つまり、それって、 「いま、おれたち、きす、」 「…え、あ、」 今しかないと、そう思った。 立場逆転。出水先輩に詰め寄って、口に当てている手をとる。震える両手でその細くて白い手を握り込む。どくんどくん、と全身が心臓になったかのように煩くて、もうその音しか聞こえない。 「好きです、出水先輩。俺と付き合ってください」 先輩はもう一度俺にキスをした。 to list |