胸懐オーバーフロー




猿も木から落ちる。弘法も筆の誤り。河童の川流れ。つらつらと頭に浮かぶ文字の羅列。つまりは俺だってたまには怪我すんだよ、と言いたいのだ。けれどもどれを口に出しても殴られるであろうことは容易に想像出来たので、アホっぽく開いている己の口を閉じた。刹那ガツン。頬に衝撃。

「……、ってェ…!」

どうせ殴られるなら口に出せば良かったこのクソ野郎スモーカーめ。


スモーカーの同期かつ同僚である___が入院した。市民を装った海賊にやられたらしい。大佐まで身一つで成り上がった男であっても流石に無傷とはいかなかったようだ。何簡単にやられてんだお前はそんなタマじゃねぇだろ。あんな野郎に怪我させられやがって。


「おいおい、不意打ち食らったのに腹を刺されただけで済ませたんだぞ?むしろ褒めろよ。殺されても文句言えなかったんだから」


コイツの言うことは正しい。腹にナイフを貫通させたまま海賊を引っ捕らえたのだから。普通なら気絶して殺されていただろう。


「うるせェ、刺されなきゃいい話だろうが」


無茶いうなよと言わんばかりの苦笑がいやに目につく。俺がその場にいれば代わりに刺されてやっても良かったんだが。ロギア系の特権である。まあそもそも大佐が2人もいりゃ、不意打ちだろうと襲わねェか。


「スモーカー。俺は冗談でもお前が刺されるところは見たくない」


同僚の顔を見やるとへなちょこな顔をしていた。なんで分かった。


「顔に出てたぜ」
「…俺はロギア系だ」
「嫌なもんは嫌なんだよ、分かれバカ野郎」
「言っとくが、俺だってテメェが刺されんのは気に食わねェんだよ」
「…それは、俺の都合の良いように解釈していいのか?」
「ああ゛?」
「………。」


好きだ、スモーカー。


病室を蹴破って出る。 “嫌なもんは嫌なんだよ” なんだこれ。アイツの声が頭に響く。 “お前が刺されるところを見たくない” うるせェ、黙れ。黙れ。 “好きだ、スモーカー。” 「うるせェ!!!」

ハッとして周りに視線をやると、皆怯えつつ口を一文字に引き結んでいる。それは善良な海兵であるスモーカーの良心を苛んだ。ああクソ。アイツのせいだ。全部、全部お前のせいだからな、___。



「スモーカー」
「何だ」
「退院した」
「見りゃ分かる」
「好きだ」
「もう聞いた」
「返事は?」
「…」
「黙ってちゃ分かんないだろ」
「………」
「俺の、…都合の良いように解釈するぞ?」
「…………勝手に、しろ」
「!ほ、ホントか!?」
「……うるせェ、退院祝いだ」
「顔赤いぜ?」
「よし、もう1回入院させてやる」

それも悪くねェかもなあ。そう屈託なく笑う___に、スモーカーは赤い顔を隠すように葉巻を燻らせた。


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