WT哲次 けなげなあのひとはいぬににている




荒船哲次は犬が怖い。だが怖いだけで、嫌いという訳ではない。写真で見る分には愛らしいと感じるし、芸達者なところには心惹かれる。しかし面と向かい合うとどうにも恐怖が沸き上がるのだ。どこがどう怖いのかと聞かれると自分でも分からない。世間一般論ではネイバーの方が怖い筈なのだが、荒船からすれば犬の相手をするくらいならネイバーを倒す方がよっぽど気楽だ。何故かは分からないし、理由なんて分かったところでしょうがない。怖いものは怖いのだ。こればかりは自身ではどうしようもないことである。そう、荒船哲次は犬が怖い。怖い、のだが。

「ほんとおまえ荒船さんのこと好きだなあ」

ボーダーの後輩である___の呆れたような穏やかな声に応えるようにワン!と犬の吠える声がひとつ。大型犬らしくふかふかした少し硬めの長い毛を無心で撫でていた荒船は、その吠える声にびくりと肩を震わせてしまう。怖い。やっぱり怖い。荒船は自分の指が震えているのが分かった。けれども犬を撫でるのは止めない。止めてはいけないのだ。

「荒船さんて犬飼ってないですよね?」
「…ああ。飼ってねぇし、飼ったこともねぇよ」
「なのにこんな懐くって、…やっぱ飼い主に似るのかな」

おどけるように笑いながら首を傾けた___の少し長めの髪が、さらりと白い頬に掛かるのを見て荒船は息を詰まらせた。さっきとは別の感情で指が震える。身体を蝕んでいた恐怖が溶けてーーー、いや、甘い幸せで塗り替えられた。___に、そんなつもりは微塵もないだろうけど。

「…お前に懐かれてもな」
「あはは、荒船さんてば酷いなあ」
「もう俺は帰るぞ。腹減った」
「あ、はい!お疲れ様です!」

さり気なく、自然に、でも素早く荒船は犬から距離を取った。足が強ばっている気がしないでもないが、気にしたら負けだ。何とかリードの届く範囲から抜け出せて少しだけ心臓が落ち着いた。何となく名残惜しくて振り返ると、___は少し笑って俺に手を振った。気恥ずかしいけど、一応俺もひらりと手を振って今度こそ家路につく。

犬を撫でる手は不自然じゃなかっただろうか。俺の顔は笑えていただろうか。犬が怖いことがバレていないだろうか。

…___にだけは、知られたくない。だってあいつは犬が好きだ。結婚するなら犬好きじゃないと飼えないから困るなあ、なんて言っていた。俺はどうせ___と結婚なんか出来やしないけど、それでも、夢を見るくらいは。






「荒船さんてば、本当可愛いな」

犬が怖いくせに、おれに嫌われまいと好きなフリをするなんて。

そう笑う___に、俺はいつ気づけるのか。


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