butler | ナノ
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雨の日は少し気分も下がり気味。
少し癖のあるこの髪の毛がうまく纏まらず朝のセットに時間がかかってしまう。
空を見上げれば、いつも綺麗な青い空が灰色の雲で隠れてしまって太陽の似合うアルタリアも少し寂しげに見える。
そんな時でも変わらないのは隠れた太陽のように明るいこの国の王子様。
ジメジメを吹き飛ばすような彼の明るさに誰しも笑顔になる。
そして、その王子様の傍にいる専属執事もまた、いつもと変わらなくて。
主を厳しく、また兄のように見守りながら今日も平穏な日が過ぎていく。
ぴしりと背筋を伸ばし、仕える王子の傍らに立つその後ろ姿には何度だって見惚れてしまい、雨で憂鬱な気分が一気に晴れやかになるのだ。
「アルベルトさん……カッコいいなぁ…」
――貴方の特別になれた今でも、何度だって私は貴方に恋をするのです。
Rainy day
ロベルトの執務室の前を通った時に聞こえてきたのはいつもと変わらない王子とその執事との漫才のようなやりとり。
絶妙な掛け合いをするこの2人の会話は、いつ聞いても飽きる事がない。
(そんな事言ったらアルベルトさんに怒られちゃうかも知れないけど…)
微笑ましいやりとりを後にし、中庭へと続くテラスの戸を開ける。
「……結構降ってるなぁ…」
朝から止むことのないこの雨は午後もしばらく続きそうだ。
まとわりつく湿気、何度も撫でてもふくらむ髪の毛。
こういう時はまっすぐさらさらヘアに憧れる。
ぼんやりと中庭を眺めていると。
「雨はお嫌いですか?」
「アルベルトさん……!」
ふいに後ろから聞こえてきたのは落ち着きのある大好きな人の声。
先程まで執務室にいたアルベルトさんがそこにいた。
「嫌い……ではないですけど、やっぱり気分が晴れないというか……アルベルトさんはどうですか?」
「私は……雨の日はそれなりに好きです」
そう言って目の前に出されたのは1本の傘。
ぽんっと開き、頭上に掲げるとこちらを向いた。
「雨の日は雨の日で楽しみ方がありますからね」
傘の中から優しく微笑むアルベルトさん。
空いている右手を私の方に差し出して。
「えっ……?」
「少し、歩きませんか?」
誘われるように一歩アルベルトさんに近づくと、右手が私の肩に置かれ、軒下の外へと促すように私をエスコートしてくれた。
しとしとと降る雨の中を歩きだす。
「お仕事、大丈夫ですか?」
「ええ、今はロベルト様も国王様にお茶に誘われておりますので私も少し休憩を頂きました」
“そしたら窓から貴女がここに居るのが見えたので”、とアルベルトさん。
傘の中、アルベルトさんとの距離はほぼゼロで、肩に置かれた大きな掌にドキドキしながら。
2人だけの空間が嬉しくて、ほんの少しアルベルトさんの方に体を寄せて雨の中を歩きだした。
「雨は確かに煩わしいですが、畑の野菜や花たちの事を思うとやはり嬉しくもあります」
「ふふ、そうですね。きっと今頃沢山の雨の恵を受けてアルベルトさんの畑で喜んでいますね」
「きっとこの夏も沢山収穫できると思いますよ。……今度の休みに、一緒に行きませんか」
「いいんですか?」
「もちろんです。貴女にも見て頂きたい」
「嬉しい…!ぜひ連れて行って下さいっ!」
嬉しくてアルベルトさんを見上げる。
端正な横顔、すらりと高い背丈のアルベルトさん。
私とはかなり身長差があるけど、その身長差がふっと縮んだと思えば。
「傘は、時には役立つこともあります」
「?」
「貴女があんまりにも可愛いから……」
「かわっ……、えっ…?」
花壇で雨の雫を受けてキラキラと輝く草花の前。
歩みを止めた2人の姿を隠すように傘を傾けると。
「我慢しなくてもこうして貴女に触れる事が出来る」
周りの世界から遮断された傘の中、
アルベルトさんが私に優しくキスをした。
雨の中、
2人だけの秘め事。
20130618