butler | ナノ




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「○○○様…?」
「あ、クロードさん……」


不意打ちの私の声掛けにびくんと震える小さな背中。
そしてゆっくりとこちらを振り返った○○○。

夜も更け、城内はしんと静まり返った中、最後の仕事である見回りで立ち寄った厨房で見つけたのは、普段ここに居るはずのない○○○の姿。


「こんな時間に……。こんな所で一体何をなさっているのですか?」
「ごめんなさい……どうしても眠れなくって……何か飲み物を頂こうかと思ったので…」
「それでしたらお部屋で私をお呼びください。お待ちいただけたらお部屋までお運びしますので」
「…でも、こんな時間に私の我儘で呼ぶのも悪いと思って……」
「遠慮は無用です。…これも仕事ですから」
「う……」
「それに……」
「え?」


ガウンを羽織っているものの、合わせから覗くのはナイトドレスという○○○の無防備な姿。
普段よりも開いた胸元の色の白さに一瞬目を奪われるものの、職務中という事を瞬時に思い出し、平静を装う。





「――あれ?クロードさんに……○○○様?」


キィ、と厨房のドアが開き、城の若いコックが顔を出した。


「どうされましたか?何か御用でも…?」
「あ…!あのっ、すみません、……眠れなかったので何か飲み物を頂こうかと思って勝手に入ってしまって……」
「ああ…そうでしたか。でしたら何かご用意いたしましょうか?」


○○○の困っている様子に、にっこりと笑いながらそのコックが気さくに○○○に話しかける。
二人とも自分よりも若く年が近いせいか、普段自分と○○○との間に漂う空気とは違う雰囲気を感じ取る。

ざわ、と胸の奥が騒ぐ。


「いえ、それには及びません」
「……クロード、さん?」


半ば強引に遮るようにして二人の会話を中断させ、そう言った。


「○○○様、お部屋でお待ちください。お茶の用意をしてすぐに伺いますので」
「え……?あ、はい……」


私の有無を言わさない言動と態度にコックも何かを感じ取ったのかそれ以上は○○○に構う事はなかった。


とにかく早く部屋に戻したかった。
あの無防備な姿を自分以外の他の男に見せたくなかったのだ。






「失礼いたします」


勝手知ったる○○○の客間、ノックはするがそのままそっとドアを開け部屋に入る。


見渡す部屋にその姿はなく、バルコニーに続く窓が開け放たれ、カーテンが夜風に揺れている。

ティーワゴンをテーブルの脇に寄せ、静かにバルコニーへと続く窓を出た。
すると、すぐにその小さな背中を視界に捕らえる。


「あまり夜風に当たられるとかえって眠れなくなりますよ」
「クロードさん…」


その華奢な肩にストールをかける。
○○○の髪の毛からいつも彼女が使っているシャンプーの香りが漂う。


「眠れないようですので、特別にブレンドしたハーブティーをお持ちしました。…さぁ、部屋に戻りましょう」


「クロードさん……怒ってますか?」
「……どうしてですか?」


部屋に戻ろうとする私の後ろから○○○がくぃ、とジャケットの裾を掴む。
その仕草に愛しさが込み上げるも、表情は変えずただ足を止めたまま彼女の話を聞く。


「こんな時間に勝手に部屋を抜け出して……勝手に厨房に入って……」
「貴女の気持ちはありがたいですが、それでは私達の仕事が減ってしまいます。これからは遠慮などせず、いつでもお呼び頂いて結構ですので」
「……でも、そんな事言ったら、私ほんとに些細な事でもクロードさんを呼びつけてしまうかもしれませんよ?」
「……たとえば?」
「……眠れない、とか……、傍にいて、………とか」
「………」
「声が聞きたい、……とか……抱きしめてほしい、とか………きゃっ」


控え目に目を伏せながらも、それでも○○○の本音が少しずつ飛び出す。
そんな○○○をぎゅっと抱きしめた。


「ク、ロードさん…?」
「……遠慮なんてしなくていい」


洗い立てのいい香りのするその髪に顔を寄せる。


「そうやって我儘になってくれたらいい。……すぐには無理でも、必ず○○○の元に来る」
「は、い……」
「それから」
「…え?」


体を少し離し、○○○を見下ろす。
華奢な肩のラインをゆっくり撫でながら、


「この恰好で城内をうろつくのは感心しませんね」
「あ……ごめんなさい…」
「こんな愛らしい姿は私の前だけにしてください」
「え…っ!?」
「先程もあのコックの前で無防備な恰好を見せて……気が気ではありませんでした」


そして○○○を抱き上げ、部屋に入る。
白いシーツに○○○を横たえ、真っ赤なその顔を私自身の影で覆う。


「クロードさん……っ……あの、お仕事は……?」
「貴女がいけないのですよ……」
「え……っ、んっ…」


まだ何か言いたげなその唇を自分のそれで塞ぐ。
柔らかい感触をゆっくり味わうように口付け、そっと離し。


「私を誰とお思いですか…?……成すべき仕事は終えております。……全く、この私が貴女との時間を作るために仕事を調整するようになるとは…」
「クロードさん…」
「……だから、何も気にせず俺に委ねて欲しい…」


そう囁くと真っ赤な顔で、潤んだ瞳で。
○○○が伸ばす両腕は俺の首元へ辿り着き引き寄せられる。
いや、俺が○○○に触れに行ったのが先か。

瞼に優しくキス。
うっとりと目を閉じ、俺を感じてくれる○○○が愛おしい。


「クロードさん、大好き……」
「○○○………愛してる」



ぐっすり眠れるようにと用意した紅茶は明日の朝淹れ直せばいい。
二人で迎える朝にふさわしいブレンドを用意して。


月の光が窓から差し込み二人を優しく照らしていた。









20121127
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