butler | ナノ




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「…クロードさん?」
「○○○さん」
「……?どうかされましたか?」
「あ……いえ………」


廊下で会ったクロードさんが何やら思案しているような顔をしていたので気になり声をかけたのだが。


「……なにか困りごとでも…?」
「いえ……実は」


そう言って腕を少し上げ、私に分かるように見せられたのは。
ボタンが一つ取れかかっている袖口。


「外れかけているのに今気づいたのですが、ウィル様の公務の時間が迫っているので自分で縫い直そうにも今裁縫道具を取りに戻る時間がなく…」


いつも完璧なクロードさんらしからぬその困惑ぶりに急に親近感を覚えてしまう。
そんなクロードさんを間違いなく助けられると確信した私は、


「任せて下さいっ」
「え?」
「これくらい、すぐに直せますよ。もちろん裁縫セットもここにありますから」


ね?、と仕事中常に必要道具を入れて肩から下げているショルダーバックをぽん、と叩く。


「さすがですね……」
「これが私の仕事ですから。さ、急ぎましょう」




クロードさんを連れだって、すぐに立ち寄れる場所が例の衣裳部屋。
先日クロードさんと一緒に綺麗に片づけ終えたあの場所だ。



窓際のソファに座ってもらうとジャケットを脱ごうとするクロードさんを制する。


「あ、そのままで大丈夫です」
「…え?」
「ほんの少しじっとして頂ければジャケットを着たまま付け替えられますから」


クロードさんの前に跪き、ささっとポーチから針と糸を用意する。
職業柄、こうした事には慣れているけど、やっぱり相手がクロードさんだという事を意識しちゃうとどきどきする。


初秋のぽかぽかした陽気により暖められた部屋。
その静まり返った空間に今二人きりという事をじわじわと思い起こされ、胸の高鳴りを必死に抑えながらボタンつけに集中する。
そんな私にされるがままにじっとしているクロードさん。


「…でも、珍しいですね。クロードさんがボタンの綻びに気付かなかったなんて…」
「先ほど運んだ荷物に引っかかったのでしょうね……迂闊でした」
「裁縫用具が部屋にあるっていう事は……お裁縫も出来るんですね」
「当たり前です。執事たるものそれくらい出来なくてどうするのですか」
「………ですよね…」
「……でも、貴女がいてよかった」


どきん、と静まり返った部屋に響いたのではないか。
その言葉と息遣いを近くに感じて、今クロードさんとの距離が近い事を改めて実感する。


「○○○」
「…えっ」


ふいに呼ばれた名前。
甘さのある声音で呼び捨てにされたそれに再び胸が鳴り、顔を上げると間近に迫った藍色の瞳。
その見つめる瞳は色っぽくて。


「針が刺さると危ないのでじっとしていて下さい」
「え……っ、……んっ!」


途端に塞がれた唇。
ちょうど玉止めをしようとしたところをぐっと後頭部を寄せられクロードさんの口付けが降りてきて。


手には針を持っているため少しも動くことが出来ず、そのまま甘い口付けを受け止める。



「っん……ぁ、クロードさん……、あぶなっ……」
「……っ、…ですから、動いてはいけませんよ。私の腕に刺さないように」
「刺しません…っ、……けど……、ん…っ」


私が逃げられないのをいいことに、角度を変えて離れてはまた塞がれ、深く求められる。
二人の息遣いだけが響く室内。


漸く名残惜しげに離された唇、息を整えながら至近距離のクロードさんを見つめる。
熱っぽい視線にくらくらする。
後頭部に回された掌が頬に移動し、ふわりと包み込まれ。


「……さすがに、これ以上はこれからの執務に差し障りますので……」
「…っは、…も……っ、クロードさん……いきなりすぎます」
「目の前に○○○がいるだけで……自制が利かなくなる………全く、抑えられない自分に驚いています」
「ク、ロード……さん…」
「……でも、それも悪くない」


そう言うと唇に軽くキス。
これからウィル様の公務だというのに、
こうして執務の合間に恋人の顔を見せるのは滅多にない。
だからこそ余計に胸の高鳴りが止まらない。




「すみません、中断させてしまいましたね」
「あ………も、もう…そうですよ、早くしないと……」
「……でも貴女もまんざらではなかったのでは?」
「…っ!!」


真っ赤な顔を隠せないままなんとか手を動かし玉止めをして仕上げる。
こうやっていつもクロードさんに翻弄されてしまう。




すっかり力が抜けてぺたりと床に座り込んだ私を、クロードさんが優しく手を引っ張って起こしてくれる。
付け直したボタンを確かめると、ふっと笑顔を見せてくれる。


「ありがとうございました」
「い、え……お役に立てて良かったです…」


俯く私の頭をぽんぽんと撫でながら、


「……続きは今夜、ゆっくりと堪能させてもらいます」
「!!」





――きっといつまでも私はクロードさんに翻弄されてしまうのだ。









20120926
…………………………
クロードさんといちゃつきたかったんです←