butler | ナノ
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西の空が茜色に染まる頃――。
急な公務が入ったジョシュア様が支度を終え、ジャンさんを従えて玄関に現れた。
「ジョシュア様、遅くにご苦労様です。いってらっしゃいませ」
「ああ、いってくる。……そうだ、○○○。……一つ頼みがあるのだが……」
「?……あ、お夜食ですか?」
「………。あ、ああ。…お前のおにぎりが食べたい」
「ふふっ、分かりました。では用意しておきますね」
ジョシュア様がリムジンの後部座席に乗り込み、ジャンさんがドアを閉める。
そしてジャンさんがにこやかな笑みを浮かべて私の方へ向き直り、
「…では、いってまいります」
「いってらっしゃい、ジャンさん」
そんな笑顔につられて私もにっこりと微笑み、ジャンさんを見上げると、
すっとジャンさんの顔が近付き、そしてそっと耳元で囁かれる。
「明日、お休みをいただいたんだ」
――私にだけ聞こえるような小さな声で。
えっ、とジャンさんの方を向くと目の前に迫るジャンさんの瞳。
「…だから、明日は一緒に過ごそう」
「………は、い」
ジャンさんが運転席に乗り込み、ゆっくりと発車するリムジンを見えなくなるまで見送る。
先ほどのジャンさんの嬉しい申し出に、私は頬が緩むのをこらえきれなかった。
ジョシュア様へのお夜食に作ったおにぎりをメイドさんに託し、部屋に戻る。
遅くなると言っていた通り、ジョシュア様とジャンさんはまだ帰城していない。
「まだ帰ってこないのかな……」
城の中はしんと静まり返っている。
使用人さん達のお仕事もきっと大方落ち着いて後はジョシュア様をお迎えするだけなのだろう。
できれば私も帰ってくる二人をお迎え出来たら……
そう思って本を読みながら待っているのだけど、それが返って睡魔を誘い、柔らかなソファーの背に頭を預けてしまっていた。
「ん………、」
蒸し暑くて少し開けていた窓から聞こえる音。
「あれ……、雨…?」
いつの間にか降り出した雨音に気付き目が覚めた。
時計の針は日付が変わる少し前。
「今夜は晴れるって言ってたのにな……」
徐々に強くなってくる雨に窓を閉めようとしたとき、
ふと窓から外に目をやると暗い庭園を横切る人の姿。
「あれ……?………ジャンさん…?」
暗闇の中を目を凝らして見てみると、駐車場のある方向から庭園を横切って走っていたのはジャンさんだった。
「わ……大変っ!」
パウダールームからタオルを手に取り、慌てて部屋を飛び出した。
エントランスへ続く階段を駆け降りる。
最後の階段の踊り場までやってくると、ちょうどジャンさんが入ってきたところで、ハンカチで濡れたスーツを拭いていた。
「ジャンさん!!」
「……○○○様?」
いきなり現れた私を見て驚くジャンさん。
そんな事は構わずに私はジャンさんの元へ走り寄った。
「ジャンさんびしょ濡れ……今、お帰りになったんですか?」
「…いえ、少し前に到着していたんですが、リムジンの中に忘れ物をしたのに気付いて慌てて取りに行ったらいきなりのこの雨で……いやぁ、参りました」
そう言って笑いながら話すジャンさん。
「とにかく早く拭かないと………風邪ひいちゃいます」
スーツの水分を吸い取るようにタオルでジャンさんの肩や背中を拭いていく。
「すみません……○○○様にこんな事をさせてしまって……」
「とにかく、早く着替えて下さいね…?」
「はい。明日は……お休みですからね、風邪なんて引いたらもったいないですから」
“ね、”とウインクをして見せるジャンさん。
その笑顔にドキンと心臓が高鳴る。
ジャンさんが部屋へ向かうのを見送った私はあることを思いつき、自分の部屋ではない方向へ足を向けた。
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