butler | ナノ




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夜も更け、気温も上がったこの季節、窓を開けると涼しい風が頬を撫でる。


「あ……今日のお月様キレイ……」


アルタリア城での夕食後のひととき。
ダイニングで食事をした後、そのまま部屋に戻るのも勿体ない気がして、中庭を眺めながら城内を歩いていた。


(そういえば……今日アルベルトさん、昼から休暇を頂いたって言ってたけど……もう帰って来たかな?)


アルタリア郊外にあるアルベルトさんの畑。
ここしばらく忙しくて行く事が出来ずにいたらしく、今日の休暇を利用して訪れているらしい。
私は午後までみっちりと大学の授業が入っていたのでアルタリアにやってきたのは夕方すぎだった。


(帰ってきたら少しは一緒に過ごせるかな…)


そんな事を思っていた時―。




「……○○○?」


ふいに名前を呼ばれ、振り向くと。


「え…っ、…アルベルトさん?」


そこにいたのは紛れもなくアルベルトさんで。
アルベルトさんに会いたいと思った途端に会えて嬉しかったのだが、それ以上に目を引く姿。

それは、アルベルトさんがいつもの執事服ではなく、ジャージ姿だったのだ。





「え…と、…どうしたんですか?…それにその恰好は……」


白い上下のジャージを着込んだアルベルトさん。
執事服とはがらりと違った印象を受けるが、ジャージ姿もとても似合っていて思わず見惚れてしまう。


「すみません…、早く帰って来れたので○○○の部屋へ向かう前に少し走りに行こうかと思いまして……」
「走る……って、ジョギング…、ですか?」
「…はい」


(アルベルトさんがジョギング……ってなんだか似合う…)


「あのっ…!アルベルトさん、その…ご迷惑じゃなかったら私も連れて行ってくれませんか!?」
「え……?…○○○も走るのですか?…それは構いませんが……」
「やった…!じゃあちょっと待っていて下さいねっ」


アルベルトさんに中庭で待っていてもらい、急いで自室に戻る。
確か使わせてもらっている部屋のクローゼットにスポーツウェアも用意されていたハズ。
私は急いでそれに着替え、アルベルトさんの待つ中庭へと急いだ。


「お待たせしましたっ」


着替えてきた私の姿を見たアルベルトさんは少し目を見開き、


「……では、まいりましょうか」


照れたように顔をそむけてゆっくりと走り出した。









―そして。


「……ごめんなさいアルベルトさん」
「謝るのはこちらの方ですよ。…貴女のペースに合わせていたつもりでしたが、それでも配慮が足りませんでした」


前半、何とかついて行っていたものの、アルベルトさんと走れる事に浮かれてペース配分が狂い、おまけに久しぶりに動かした足は早々に疲労がたまってしまい。

ちょっとした段差につまづいた私は踏ん張ることができず、両足がもつれるようになりそのまま転倒してしまったのだ。



結局帰り道の半分はアルベルトさんに背負ってもらうという、何とも情けない姿に。


「…重い、でしょ?」
「全然。それよりこんなに軽くて大丈夫なのですか?○○○はもっと食べた方がいいのでは…?」
「だっ、大丈夫です!!これ以上はっ…!!」


確かにアルベルトさんは軽々私を背負って息も乱さず歩いているのだ。
そんな彼の背中に揺られ、最初は恥ずかしかったものの、伝わる彼の熱や鼓動をダイレクトに感じる事が出来て内心嬉しくてたまらなかったのだ。





「あのっ、もう大丈夫ですのでおろして下さい…っ」


城内に入ってもなお、アルベルトさんは私を降ろす事なくすたすたと歩いて行く。
さすがに城の人達に見られたらと思うと恥ずかしく、降ろしてもらおうと懇願するも、


「なりません。足首を挫いてしまっているかも知れない。悪化してしまっては元も子もないのでこのまま運ばせて頂きます」
「う……」
「……私としては、なかなか心地良い思いをしているので離れたくないのですが」
「えっ!…やだアルベルトさん!!」
「冗談ですよ、危ないからちゃんとつかまっていて下さいね」


(“冗談ですよ”って…アルベルトさんでも冗談とか言うんだ…ってこの恰好、今更だけどすごく恥ずかしい……)


彼に密着させた体を今更離すのも不自然なので、恥ずかしさを紛らわせるように背中に顔を埋める。

そんな私を“よっ”と抱える腕で持ち上げて体勢を整え直し、再び歩き出す。



アルベルトさんの大きな背中。
この背中に守られた事もある。
怖い思いをした時もこの人の背中を見ているだけで心が落ち着いたのをよく覚えている。

広い背中に耳を当て、背中越しにアルベルトさんの心音を聞く。




安定したリズムを刻むアルベルトさんの鼓動。
これから、この音をずっと聞いていられるのだろうか。


誕生日に言ってくれたアルベルトさんの言葉。


来年もその先もずっと…、ずっとアルベルトさんが傍にいてくれて。
そして誕生日をまた一緒に過ごすことができれば。


(私はアルベルトさんの“特別”になれたのかな……)


そういう存在になれたら、という想いを込めながら私の音も伝わるようにぎゅっとその背中を抱きしめた。







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