butler | ナノ
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誕生日当日―――
「雨……、か」
この時期は雨が多い。
なんとなく自分の気持ちを表すような空模様。
「せっかく誕生日なんだし、ケーキ食べたいな……。そういえばシャルルで人気のあのお店、まだ行ってなかったっけ」
学校の友達に聞いた行列のできるスイーツのお店がこの近くにある。
少し敷居の高いお店だっただけに学生の小遣いではそうそう行けるものでもなくて。
でも誕生日くらい、ちょっといいモノが食べたい。
「よし!決めたっ」
着替えを済ませ、出掛ける準備を整えたその時、携帯が着信を告げた。
すると聞こえてきたのは涼やかな声。
「えっ?……ウィル王子!?」
「誕生日、……おめでとう○○○」
「あ……ありがとうございます…!あれっ、でも今日公務のはずじゃ……」
「うん。もちろん公務先からかけてる。……それより……もう少ししたら、届くから」
「え?……何がですか?」
「○○○が一番望むもの」
意味深な言葉を残し、ウィル王子との電話は切れた。
普段からあまり多くを話さない人だけど、今の会話はあまり噛み合ってなく頭に?が浮かんでいる。
通話の切れた携帯画面をジッと見つめていたとき。
ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。
「はーい……――えっ…!?」
のぞき穴から見えたよく見知った顔に驚く。
慌てて扉を開けると、此処には似つかわしくない恰好で立っていたのはクロードさんだった。
「えっ……、え?えっ、クロードさん?」
「相手をきちんと確認してから鍵を開けたのは貴女にしては利口ですね」
「どうして、ここに……?」
いつもの嫌味もスルーしてしまうくらいに目の前に居るクロードさんが信じられなくて。
フィリップ城の中でいつも見ているクロードさんが、いつもの執事服のままでこの狭いアパートの玄関前に立っている。
「……ウィル様にお時間を頂きました」
「え…?ウィル様?」
「私の明日までの休暇がウィル様から貴女へのプレゼント……だそうです」
その言葉の意味をすぐには理解できなかった。
さっきウィル王子が電話言った『私が一番望むもの』、そしてもうすぐ届くという言葉……
(それって、つまり……)
「え?でも今ウィル王子から電話があって公務中だって……」
「ええそうです」
「だってクロードさんもついてらしたんでしょう?それなのにどうして今ここに……」
「……本日の公務はシャルル城での6ヶ国会議でございます。その会議に出席するため、ウィル様とともに今朝到着いたしました」
「そ……だったんですね……」
淡々と説明をするクロードさん。
そしてやっとの思いでクロードさんの言っていることを頭の中で理解し始めた。
「……どちらかお出かけの予定でしたか?」
クロードさんが私の格好を頭のてっぺんからつま先まで見る。
そう、手にはバッグを持って今部屋を出ようとしていたところなのだ。
「あ……あの、ですね……せっかくだから美味しいケーキ屋さんに行こうかと……」
「お1人で、ですか?」
「……はい…」
ふぅ、と溜息を一つ溜息をつくクロードさん。
「……ではご一緒いたします」
「え!?」
「何をしているのです?さぁ行きますよ」
いきなり来たかと思ったら今度は上ってきた階段を颯爽と降りはじめるクロードさん。
(え…?それよりクロードさんと一緒にケーキ屋さん……?)
ケーキ屋さんにたたずむクロードさんを想像してみる。
……あまりにも違和感がありすぎる。
それでも行くと言っているのだから気が変わらないうちにと、慌ててクロードさんの後を追った。
案の定、クロードさんが店に入っただけで店内のお客さんや店員さんの視線が集中した。
すらりと高い背に端正な顔立ち、姿勢のいい佇まい、そしてこの場に似つかわしくない執事服。
女性客はほぼ全員クロードさんに見惚れていた。
(誰が見てもかっこいいもんね……クロードさん)
その異様な光景をぼんやり眺めていると、いつのまにか注文を始めているクロードさん。
慌てて私もショーケースを覗き、自分の食べたいものを選ぼうとすると、既にクロードさんが選んでくれていたケーキはどれも私の好みのケーキばかりだった。
「……お気に召しませんか?」
「いえ……どれも私の好きなものばかりで……あ、レアチーズケーキも…!」
「……貴女の好みは嫌というほど熟知しております」
「クロードさん……」
「さぁ、帰りますよ」
「え…っ?あっ、待ってくださいっ!」
お店で食べるのかと思いきや、テイクアウトの箱に入れてもらい再びアパートへと戻る道を歩く。
なんだか不思議な感じ。
自分の住んでいる街をクロードさんと並んで歩いているなんて。
まだどこか夢見心地な気分のまま、隣を歩くクロードさんの顔を盗み見る。
その表情からはまだ何も読み取れない。
それでも誕生日である今日、こうしてクロードさんと一緒にいられる事にじわじわと幸せな気持ちが押し寄せてきた。
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