butler | ナノ




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「うー…寒い〜」


雪こそ降らないが、肌を刺すような寒さの中、コートの前を合わせて私は大学の門を出る。
今日一日の講義が終わった解放感のまま、どこかに寄り道しようかとも考えたけれど、この寒さの中だとその気も薄れてくる。
結局、今日は早く帰って部屋でゆっくり過ごそうと思った私は家路を急ぐことにした。


校門を出て、バス停までの道を歩いている時。


「○○○様!」


不意に呼ばれた自分の名前。
途端に自分の心の奥がきゅうっと締め付けられるようなその声の主は―。


「ジャンさん…!」


道路脇に止められた1台の車。
その運転席の窓から顔を出していたのはジョシュア様の執事、ジャンさんだった。


駆け寄ると同時に、ジャンさんが車のエンジンを止め降りてくる。


「シャルルにいらしてたんですね。ジョシュア様のご公務ですか?」
「いえ、本日は私たち執事の定例会議がございまして。今日は私一人でございます」


ひょんな事からドレスヴァン王国に滞在する事になったあの時から。
シャルルに戻ってからも“おにぎり要員”として、今でも度々ドレスヴァンを訪れていた。
その度に、ジョシュア様の正執事であるジャンさんともだんだん打ち解けていって。

今ではドレスヴァンを訪れる度にジャンさんに会えるのを楽しみにしている自分がいる。


「ジョシュア様はお元気でいらっしゃいますか?」
「ええ、もちろん。本日は別の執事が公務に付き添っておりますが、相変わらずですよ」


にっこりとほほ笑むジャンさん。
このジャンさんの笑顔を見るだけでこちらまで自然と笑みが零れる。

会話が途切れ、二人の吐く白い息が交差する。
ふ、とジャンさんの纏う空気が変わったような気がした。


「――実は、ここを通ったのは偶然、というわけではなくて、」
「……え?」
「○○○様を待っていたのです」
「私…を?…あ、もしかしてジョシュア様がお呼びなのでしょうか?」
「いえ、そうではなく、私個人の事なのですが…。
……来週、1日休暇を貰えることになりまして。…それで、」


改まってジャンさんが姿勢を正して言葉を続ける。


「……○○○様に、デートのお申込みを」
「……えっ…?」


“デート”。
その言葉にドキリ、と胸が高鳴った。


「ご都合が合えば私とお付き合い願えますでしょうか?」


力強い瞳で見つめられ、
笑顔ではあるが少し緊張の色が見えるその表情。
右手を左の胸元に当て、改まったジャンさんの姿に胸のどきどきが治まらない。


「あ…、はいっ……喜んで」


突然の事にどう答えていいか分からず、
気の利いた返事もできず、夢見心地で返事をした事しか覚えてなかった。





―そして、ジャンさんとの約束の日、
それは…、


2月14日。


そう、
バレンタインデーだ。







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