butler | ナノ




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(メイド……、さん…?)


ジャンさんの影で見え隠れする黒と白のエプロンドレスは、ここのメイドさんが着ているワンピースでよく見慣れたもの。
こちらに背を向けているジャンさんの表情はここからだと全く分からないけど……


「○○○…?どうしたのだ?」


思わず立ち尽くしてしまった私を不思議に思い、少し先を歩いていたジョシュア様が私を振り返り声をかけた。


「……え?…○○○、様…?」


ジョシュア様の声にジャンさんが漸くこちらに気付き、振り返る。
私とジョシュア様の姿に驚いたような顔で目を見開いていた。


「○○○……、さん」
「ジャン……?……お前、何を…」
「あ、ジョシュア様……あの、これは…」


メイドさんから体を離し、ジャンさんが驚いた表情で私とジョシュア様を交互に見る。

まともにジャンさんの顔が見られない私。
さっきまであんなに会いたいと思っていたのに、今すぐここから居なくなりたい、そう思った。


「あ……あの、私……、先に部屋に戻ります…っ」
「あ、おい!」


どうしていいか分からず、気持ちの整理が出来なくなった私は、ジョシュア様の声を背中に聞きながらそのまま来た道を振り返り駆け出した。



絨毯を敷き詰めた廊下は走る私の靴音を吸収していく。
お城の中を走ってはいけない、と思いながらも足が止まることはない。
でもすぐに後ろから焦るような靴音が静かながらも私を追いかけるように迫ってきた。




「○○○さん…!お待ちください!」


その足音はジャンさんのもので、あっという間に私に追いついた。
それでも足を止めない私に、ジャンさんが後ろからグッと私の腕を掴み、


「○○○さんっ……!……、……○○○!」
「…!!」






私の名前を呼ぶジャンさんの真剣な声にびくんと体が反応し、足を止める。
ぎゅっと掴まれた腕。
そこからジャンさんの力強さとぬくもりが伝わってくる。


「………ごめん、……その、○○○さんには誤解されたままにしておきたくなくて…」


ドキドキと胸の高鳴りが鳴りやまないまま、ゆっくりとジャンさんの方へ向き直る。
その切なそうな表情に胸が締め付けられた。


「……話、…聞いてくれるかな」
「……は、い…」


そう返事をすると、少しだけホッとしたようなジャンさんの表情。
腕を掴むジャンさんの手のひらがするすると私の手のひらへ降りてきて、そのまま優しく繋ぎ直してくれた。

やさしく、温かいジャンさんの手。


「さっきのメイドの彼女は……、今週限りでここを辞める人間なんです。仕事の引き継ぎで話をしていたのですが、彼女から“最後に想いを伝えさせて下さい”と……それでいきなり………」
「そう……だったんですか…」


ちくり、と胸が痛む。


「自分みたいなのを慕ってくれるのは嬉しい事ですが………俺には彼女にそれ以上の感情をぶつけられても……受け止める事ができなくて」
「……え…?」
「……俺は……、」


そう言ってじっと私を見つめるジャンさんの瞳。
そこに映る私はきっと泣きそうな顔をしていたんだろう。
ジャンさんがひとつ息を吐き、


そして――



ふわりと私を胸元に抱き寄せた。




(えっ……)


密着したジャンさんの体から聞こえる少し速くなった心臓の音。
それを夢心地に聞いていると、頭上からやわらかいジャンさんの声。


「ドライブ、楽しかったですね」
「えっ…?……あ、はい、すごく楽しかったです」
「あれからずっと……○○○さんと過ごしたあの日が忘れられなかった……」


抱きしめる腕に少し力が込められる。
すっぽりと包まれたジャンさんの腕の中、がっしりとした腕、ジャンさんのぬくもりそして鼻孔をくすぐる落ち着いた香り。
すべてが私を包み込んでいき、夢の中にいるような感覚。
そんな中でジャンさんの話す言葉に耳を傾ける。


「今度はいつ会えるのかとか、今頃どうしてるのかとか……気づけばそんな事ばかり考えていて」
「ジャン、さん……」



――ジャンさんも同じように思ってくれていたなんて。
それだけで胸が張り裂けそうになる。

そしてゆっくりと言葉を紡ぐジャンさん。



「……○○○さん、……○○○の事が好きなんです」




ゆっくりと体を離し、ジャンさんが私の顔を覗き込むようにして目を合わせる。
熱っぽい真剣な目が私を捉えた。


「○○○は……?○○○の気持ちをずっと知りたかったんだ……」
「あ……」
「俺と………同じ気持ちだったら……嬉しいんだけど……」


呼び捨てで名前を呼ばれる事が胸の奥をきゅっと締め付ける。
自分からお願いした事だけど、ジャンさんに名前を呼ばれる、それだけで幸せで。


「私……、私も……っ、」


顔を上げてジャンさんをまっすぐ見て。
切なげに揺れるジャンさんの菫色の瞳をじっと見つめて。



(私だって……私だってずっと……)



「ジャンさんが……好きです……。ずっと、ずっと好きでした…」



勇気を出して言葉にした胸に秘めていた自分の気持ち。
溢れる想いをちゃんと言葉にしたいのに、この簡単な言葉しか出てこない。


どうか、
どうか伝わって。


恥ずかしさで目を逸らしたくなるのをこらえ、ジャンさんの瞳をまっすぐ見つめる。
自分の心臓の音だけがやけに響いて長い時間が過ぎたように思えたそのとき。



「よかった……!」


ジャンさんが安堵の声とともに再び胸に引き寄せ、そしてぎゅっと抱きしめてくれた。
間近で聴こえるジャンさんの鼓動は自分のものと同じく速かった。

ちゃんと伝えたられた安堵感とそれを受け入れて貰えた嬉しさで涙が溢れそうになる。
そして、こんなにもジャンさんの腕の中に包まれる事が幸せだったなんて。

ずっと、ずっと夢見てきたジャンさんのその腕の中で幸せを噛みしめた。








「あ……!そういえばジョシュア様……!」


今になって、ついさっきまでジョシュア様と一緒にいたことを思い出した。
頭の中が真っ白になってしまい、ジョシュア様に構うことなく勝手に立ち去ってしまい……
慌てる私の様子に、ジャンさんもぽつりと呟く。


「もうお部屋にお戻りになられたかな……なんだかみっともない所をお見せしてしまったなぁ……」


頭を掻きながら、ジョシュア様のいた方向に顔を向けるジャンさん。
そしてちらりと腕時計を見て、私に向き直る。


「ひとまず私は執務室に戻ります。……あと、さっきの彼女にもきちんと話をしてきます……自分の気持ち、……それに、○○○の事」
「あ……、……はい」


私の事をきちんと伝えてくれるというジャンさんの気持ちに、胸の中のもやがスッと晴れていく。


「それが終わりましたら、お部屋にお茶の用意をお持ちいたします。……それまでお部屋でしばらくお待ちいただけますか?○○○様」
「ふふっ……はい、待ってます」


途端に執事モードになるジャンさんが可笑しくて。
ニッコリと笑うジャンさんの笑顔が眩しくて。
些細な事でさえ胸がときめく私はかなり重症かも知れない。


「仕事が終わったら、ゆっくり話をしよう。……ああそうだ、前に約束していたチェスの相手もお願いしようかな」
「……はいっ!楽しみにしてますね」


ようやく訪れたジャンさんとの時間。
想いを伝えあって迎えた2人の距離は以前ここにいた時よりもぐんと近くなれた。


これからジャンさんと一緒に共有できる時間を待ち遠しく思いながら――










20130204
illust by ねこぴん様
……………………………………………
ずっと書きたかったジャン本編エピ後のお話です(*´`*)
思いっきり捏造ですが、やっぱり恋の始まり的なお話書くのは楽しいです♪

本家でも本編その後のシナリオ配信してくださいボルさん(´・ω・`)切実


【3/6追記】
お話を加筆、修正しました。

そしてねこぴんちゃんに素敵なイラストを頂きました(*´`*)ハゥン
いつもありがとうっ!大好きだよぉ――。゚(゚´ω`゚)゚。




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