butler | ナノ




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お湯の温度に気をつけながら、砂時計をじっと見張りながら、丁寧に丁寧に注いで。
トレーに乗せてリビングに運ぶと。


「あ……」


ソファーに座っているジャンさんが、頭を背もたれに付けて静かに寝息を立てていた。


(ジャンさんの寝顔って……貴重かも……)


一緒に過ごす時でもほとんどって言うほど先に眠るのは私のほうで。
そしていつも私よりも早く起きるジャンさんがこうして無防備に眠っている姿はなかなか見られない。


「……なんだか、ちょっと可愛い、かも」


連日の執務できっと疲れていたんだろう、柔らかなソファーに体を沈めてすぐに睡魔に負けて眠ってしまったようだ。


こんな機会はない、と持っていたトレーをローテーブルに置き、なるべく音を立てず膝立ちでカーペットの上を移動しながらソファーに座るジャンさんの前に行く。

窮屈そうに折られた長い脚。
骨ばった大きな掌にそっと自分のを重ねる。


「いつもお疲れ様………」


起きないかどうかもう一度顔を見て、そして普段なら絶対にやらない事に意を決して。


―ちゅっ、と。

その手の甲にキスを落とした。


「…寝込みを襲うとは………大胆だなぁ」
「え…っ!?」


寝てると思ったその人にいきなり声をかけられ、思わずびくっとして顔を上げると。
悪戯っ子のような笑みを浮かべてジャンさんが私を見下ろしていた。


「ジャンさん……っ、起きて…!」
「って、○○○に起こされたんだけどね」
「や、やだ私ったら……あのね、これは…っ、きゃっ!」


言い訳を並べる間もなくジャンさんに手を引かれて膝の上に跨るように座らされる。



「○○○」
「は、はいっ…」
「トリックオアトリート」
「えっ?…あ、」
「ほら、お菓子出さないと悪戯しちゃうよ?」
「お、お菓子…っ?」


ふとさっきの焼きたてマフィンを味見してもらおうと持ってきた一つがトレーにあるのを思い出す。
咄嗟にそれを渡そうと、膝上に乗せられたまま手を伸ばしてそれを取ろうとすると。


「あっ!」


先にジャンさんの手が伸びてきて、それをひょいと掴む。


「はい、あーん」
「えっ?」


訳も分からず言われるがままに口を開けるといきなりそれを放り込まれた。


「わっ!…んんっ、」


一口にしては若干大きめのそれをなんとか口を動かし喉の奥に流し込む。


「ジャ、ジャンさんっ!いきなりびっくりするじゃないですか……!」
「○○○が食べてしまったからお菓子はもうなくなったけど。どうする?」
「えっ!?」
「てことで、悪戯するって事でいいかな?」
「!!」


悪戯を思いついた少年のような瞳が迫り、私の心臓が嫌でも煩く騒ぎ出す。
近づくその瞳に恥ずかしさで耐えきれなくなり、ぎゅっと目を瞑る。


「っ!!」


ぺろり、と。
思ってもいない場所に温かい感触が走る。
唇ではなく、すぐ横の頬にジャンさんが舌を這わし、舐めとったのだ。


「ひゃっ…、」
「大きな口で食べるからほら…ついてた。……せっかくだからこれは俺が頂いておこうかな。…うん、美味い」
「だっ、て!ジャンさんが……っ、」
「でも、こんなのじゃ全然足りないからね、やっぱり悪戯も決定という事で」
「もっ…もう……!」


膝の上で身動きがとれないままジャンさんに翻弄されながらあたふたしていると、
ジャンさんの腕が伸びてきて――、


「ひゃっ!!……やっ、やだ!くすぐったいです……!!ああっ……だめ!!ちょっとジャンさんっ!」
「相変わらずくすぐったりだなぁ○○○は。くすぐり甲斐があるってもんです」
「そんなものなくっていいです………っ!あははっ、やめてっ…!」


ひとしきりくすぐられた後、すっかり脱力した私はジャンさんの胸にもたれこむ。


「はぁ……うぅ、もうジャンさん……」
「あれ、この悪戯に不満があるのかな?…○○○は一体どんな悪戯だと思ったんだい?」
「そ…!それはっ…!」


……言えるわけない。
不意打ちで頬にキスされて、そのまま甘い雰囲気での悪戯ならちょっと受けたいって思ったなんて。
きっとジャンさんにはお見通しだろうけど、翻弄されっぱなしもやっぱり悔しいのだ。


「じゃあ、お望みどおりの悪戯に変更しようかな」
「え…っ、……っん、」


両手首を掴まれ、逃げられないように捉えられるとすぐさま降ってきたのは優しいキス。


「ん………甘い、」
「っぁ………もうっ……」
「マフィンが甘いのか、○○○が甘いのか………どっちだろうね…」
「んっ……ジャンさん……それにハロウィンは明日ですよ…?ほんとはその呪文効かないんですよ……?」
「ま、これは口実かな。たとえハロウィンでなくても○○○にはいつも悪戯したくなるからね」
「えっ!?そうなんですかっ?」
「だって可愛くて仕方ない」


額をくっつけてクスクス笑うジャンさん。
いつもの執事の顔とは違った、少し少年のようなキラキラした笑顔で。
私の傍にいるときは少しでも素のジャンさんに戻ってくれてるのかな、と思う。




ジャンさんの後ろには窓から見える満月。
まるでジャンさんが狼になったようなそんな錯覚を起こしそうなくらい月の光がジャンさんを妖しく照らしていた。




20121031
…………………………

illust by ねこぴん様

(11/17追記)
今回も素敵なイラストを頂きました!
腕まくりジャンさんっ!Σ(´///`)
この話書き始めてまずこのジャンさんを書きたかったので絵にしてもらえたのはすごく嬉しかった!
ねこぴんちゃん曰く、「腕まくりは正義ハァハァ///」

……だよね!/////





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