爽やかに晴れた空は、どこまでも広がる青。

窓から差し込む光は、柔らかで暖かい。





「ハァ…」





アパートの一室。


小さなベッドに潜り込んで、気怠い身体を捩っては寝返りを打った。



(まさか…風邪ひくなんて…)



ベッドサイドには、何とか飲み込んだ薬とミネラルウオーターのペットボトル。


喉が痛くて、声が出ない。





(せっかく…ジャンさんのお休みなのに…)




滅多に風邪を引かない自分の、運の悪さを呪ってみる。




(会いたい…な…)



多忙を極める彼に、風邪を引いただなんて伝えることもできなくて。


大学のレポートが忙しいと、嘘を吐いた。



(それも…メール一通だけだなんて…ジャンさん、怒ってるだろうなぁ…)



それよりも、呆れて愛想つかされたんじゃないだろうかと。


風邪をひいていることもあって、思考はどんどんとマイナス方向にグルグル巡る。




「ハァ…」



吐き出す息は熱を持って、そのまま部屋へと溶け込んだ。

















「ん…」



暖かくて、大きい。

柔らかな感触がして、うっすらと目を開く。




「…お目覚めですか?」


「ジャ……っ!」




ガバッと身体を起き上がらせながら、名を呼ぶ声を思わず手で閉じ込める。


喉が、痛い。




「ダメですよ、起き上がっては」


「………」



やんわりとなだめられて、私は再び身体をベッドに潜らせる。




どうしてココにいるの?だとか。


怒っていないの?だとか。



聞きたいことは、たくさんあるのに。

ガラガラとしゃがれてしまった声で、話しかける事に躊躇した。






「紗良が苦しんでるような気がして来ちゃいました」


「…っ!」






ジャンさんの、優しい笑顔に何だか泣きそうになった。




「…来てよかった。こんなに苦しいのに、一人で抱え込んだりしていたなんて…」




髪を梳く大きな手のひらに、心の底から安堵した。



(ジャンさん…)



声にならない声が、空気となって室内に消える。



ふと、ベッドサイドに視線を向けると携帯電話がチカチカと不在着信を告げるイルミネーションが点滅していた。




「…」


「おっと…!」





画面には、何度も電話を掛けてくれたジャンさんの名前。



「ハハッ…バレちゃいましたね」


「…」



見上げれば、少しだけ困ったような表情をするジャンさん。





「…紗良が、忙しいって俺の事を放っておくから」


「…」


「寂しくなって…きちゃいました」


「…」


「ひょっとして…嫌われちゃったのかなぁーって思って。何度も何度も電話を掛けて…。気づいたら紗良のアパートの前にいたよ」


「……っ!」





熱が上がったままの思考は、思うように動かなくて。


それなのに、重いはずの身体がすんなりと動いた。




気がつけば、私はジャンさんに抱きついていた。





「ジャンさ…っ…!」




掠れた声は、上手く言葉にならない。





「…無理しないで」


「で、も…ッ」


「…紗良、風邪をひいたのなら、遠慮せず俺に伝えて?」


「…っ」


「君が苦しんでいるのを、知らない方が俺だって辛いから」





コクコクと、頷くのが精一杯だった。




「紗良…」


「あ…」




唇には、ジャンさんの温もり。




「…もう、無理はしない。約束できるかな?」




コクンと頷くと、ジャンさんは嬉しそうに微笑んだ。




「じゃあ、約束。小指を出してごらん?」




すっと差し出した小指には、ジャンさんの小指が巻き付いた。






「…それじゃあ、もう一眠りして?ちゃんと、君が起きた時に俺はいるから安心して。ね?」




そう言って布団をかけ直してくれるジャンさんに、ガラガラに枯れた声で一言。




「ず…ぎ…」


「………風邪ひいてる時に、可愛い事ばかり言わないように」




そう言ってジャンさんは、私の額にキスを落とす。




「ほら、手をかして。朝までずっと一緒だから。…いい子だ」





握ったジャンさんの手が暖かくて、優しくて。


次第にトロンと微睡んでくる。





「…俺も好きだよ」




遠くでジャンさんの声が聞こえたまま、私は夢の世界へと意識を手放した。







ジャンさんの笑顔が、私の一番の特効薬だと思いながら。







*END*



2013.10.14



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