馴れ初め?


 あの日、久しぶりに会ったスコールは、気安く話しかけた俺に対して訝しげに眉を顰め、一言。

「誰だ?」

 人目も憚らずがっくりと膝を付いたあの時の悲しい気持ちは、今でもはっきりと思い出せる。


「だからさー、スコールはもっと周りの人に関心を持つべきだと思うんだよね。特に今は」

 ねえ、指揮官殿?と、操縦桿から手を放し振り向けば、憮然とした表情のスコールと目が合う。

「気を散らすな」

 眉間に寄った皺をそのままに口を突いて出た一言は、愛想の欠片もなく。それどころか、スコールを知らない人が相対したら裸足で逃げ出しそうだ。だが、悲しいかなニーダはそんなスコールには免疫があり過ぎる程あったので、肩を竦めるだけで終わる。

「自動操縦にしてあるから大丈夫。生き物の類は避けるようにシステムに組み込んであるし」

 スコールが僅かに目を見張った。いつの間にそんな改造を施したのか。それを見ていたニーダが言いたい事を察したのかああ、と声を漏らす。

「この間F.H.に行った
時、システム系統の事教えてもらってさ。少しいじってみた。前にスコール言ってただろ?人とかにぶつかったら大変だって」

 今度こそ、スコールの表情が目に見えて変わる。確かにそんな事を言った覚えはある。が、それはたまたま何かの雑談の時に何の気なしに口をついて出た一言で、特に具体的な案があったわけではない。それなのに、この目の前の男はたったそれだけの呟きを、すぐさま現実のものとして見せたのだった。

 ニーダはSeeDになる以前から、余り特出した所の無い人物だったらしい。らしいというのはスコール自身、ニーダと言う人物をはっきり認識したのが、彼が操舵士になってからで。実は同期だという事にすら気付いていなかった。
 今でも時々その事を言われるが、以前の自分はそういう人間だったのだから仕方が無い。いや、今でも特定の者を除いては相変わらずかもしれない。
 この件に関しては、もう周りも当たり前の事として受け入れているし、スコールも半ば開き直っていた。
 そんなスコールから見て、ニーダは実に不思議な人間だった。本人曰く「平凡」の一言に尽きるらしいが、何でも器用にこなせる彼は誰が見ても非凡であると言えるだろう。
 F.H.の人々のように、科学技術の発達した国エスタで専門的知識を身に付けた訳でもなく、独学であるにも拘らず、ニーダは専門家も驚くような技術を自らのものとしている。更に、常に柔らかな笑顔を浮かべているせいもあり決して荒事には向いていなさそうなのに、有事の際の判断力、分析力、行動力にはスコール自身、何度も助けられていた。スコールにとってニーダは考えれば考える程よく分からなくなってくる人間だった。ただ、一つだけ言えるとすれば―――

 ニーダは先程から何も言わずじっと自分を見つめているスコールに居心地の悪さを覚えながらも、何か考えているのだろうと耐えていたのだが、それもそろそろ限界だった。
 身を屈め、下から覗き込むようにスコールを見、顔の前で手を振ってみる。

「おーい、スコール。寝てるのか?」

 立ったままでもスコールならやってのけそうだ等と詮無い事を考えた為、自分の考えに僅かに笑みを漏らした。が、目の前で笑われたにも拘らず、スコールからは何の反応も返ってこない。
 ニーダも流石に何かがおかしいと感じたのか、笑いを収め訝しげに眉を顰めていると、

「惜しい事をしたんだと思う」
「へ?」

 何の脈絡も無い一言に、ニーダの口から間の抜けた音が漏れる。そして、スコールが何か一人で思考を巡らせていたのだという事までは容易に察せられたが、流石にそこに繋がる流れまで判れと言うのは無理な話だ。
 ニーダが訳も分からず戸惑っていると、ニーダの背後を流れる景色が目的地付近のものである事に気付いたスコールは、何も言わず踵を返すとそのままブリッジから降りるべくエレベーターに乗った。
 今にも動き出そうかというその時、漸く我に返ったニーダが慌てて口を開いた。

「ちょっ、スコール待った待った!」

 エレベーターを起動させようとした手を止め、ニーダを見れば、机の上から取り上げた紙の束を渡される。

「これは?」
「今日の会議参加者のプロフィール。スコールの事だから何も調べてないだろ?俺なりに、必要そうな関係者の情報纏めてみた。ガルバディアのお偉いさんに関しては特に念入りに。必要だろ?」

 スコールは決して薄くはないそれを一枚捲り、固まった。
 一体どうやって調べたのか、そこにはそれぞれの人物の顔写真の横に名前は勿論の事、現住所、家族構成から趣味嗜好、更にはその人物の現在置かれている状況まで事細かに書かれていた。今回の会議は各国の、中でも特に上層部に位置する者達が集う会議で、そんな人物の情報は普通、簡単に入るものではない。
 気を取り直し、更にページを捲っていくと、ニーダが「特に念入りに」と言っていた者達のデータがあった。そこには一通りのプロフィールと共に、それぞれの経済状況、誰と誰が裏で繋がっていて、何時どんな状況下で賄賂や情報の譲渡などの裏工作がなされたのか。更には昨日食べた物に至るまで、その人間を構成する全てがそこにあった。

「……」
「どうした?何か足りなかったか?」

 足りないどころか、これをネタに相手を脅迫し、意のままに操る事も可能な程の緻密なデータだ。敵対している者同士に売れば、一体いくらになるだろうかと思う。誰もが手に入れたいと願いながら、そう簡単には手に入らないものをスコールはあっさりと手に入れている。

「…いや、助かる」

 書類の表面を弾き、ニーダにちらりと視線を向ければ、満足げに笑って頷く姿が目に留まる。そんなニーダに向かって手をひらりと振ると、今度こそスコールはブリッジを後にした。


 目的地に向かう車の中、データを頭に叩き込みながら改めて、思った。
 ニーダと言う人物は不思議な男だ。いつも穏やかな笑みを浮かべ、誰とでもそつなく付き合える。だが決して流される事はなく、常に自分をしっかりと持っている。人を纏める力を持ちながら、ニーダ自身トップになりたいと言う考えはない様で、操舵士という立場が気に入っていると笑いながら言っていた。
 彼が本気になれば、スコールなどあっという間に引き摺り下ろされるだろうに。自分がまだこの立場にいられるのは、ニーダにその気がなく、寧ろ支える側にいてくれるからだ。
 ニーダと言う人物を知れば知るほど、スコールは彼を知らずに過ごしてしまった時間を勿体無く思うのだった。





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