少年の見据える先






 草原を吹き渡る風が髪を悪戯に乱す中、リオウはその風に揺らぐ事無く立っていた。
 眼下に広がるのは、己の大切な仲間達が暮らす城。時折風に乗って聞こえて来る笑い声に、リオウの頬が無意識に緩む。
 
 初めてそこを本拠地として定めた時には、荒れ果て辛うじてそこがかつて人が住んでいた土地なのかもしれないと察せられる程度の様相であったのに、今ではそれが嘘のように建物や通りは整備され、更には増築を繰り返し、気が付けば一つの集落のように様々な店が立ち並び、一般の者が当たり前に住む場所になっていた。
 かつてここがノースウィンドウと呼ばれていた折、そこに生まれ、生き、更には滅びる様を目の当たりにした男は、生まれ変わってゆく建物や、移り住んで来た人々を眺め、嬉しそうに笑っていた。

『俺は、悲しんで、怒って、逃げる事しか出来なかったが、お前は救って、蘇らせてくれたんだな』

 熊のように豪快で、だが以外にも細やかな心配りが出来る男は、ずっと心にしこりとなって残っていたものをリオウが取り除いてくれたのだと、深夜、酒場で彼の相棒相手に語っていたらしい。

 リオウにとってこの城に集まる全ての者達が、謂わば家族のようなもので。血の繋がりというものに縁が無かった彼にとって、人と人との心の繋がりは何よりも冒し難いものなのだ。
 だからこそ、たとえ戦火から逃れて辿り着いた者達が大半だったとしても、共に過ごし笑い合えばそれで十分だった。

 リオウは己の両の手のひらに視線を落とす。そこに移るのはまだ少年の域を出ない小さな手。守りたいと言う気持ちは強いのに、それを実行し切るには頼りない。
 強くなりたい。そう願ってここまでがむしゃらにやって来たけれど、全てを守りきるにはまだまだ力が足りなかった。
 一つとして失って良い命などないのに、彼等は皆口を揃えて軍主であるリオウの盾になるのだと言って先に立ち、散って逝く。リオウは軍の旗頭であり護られるべき存在なのだと何度説かれても、納得出来る筈も無かった。戦場で散ってゆく命を前に、己の不甲斐なさに歯噛みした事など多すぎて数えるのも嫌になる程だった。
 
 何が『輝く盾』だと、『真なる27の紋章』の片割れなどと言う大げさなものでありながら、蓋を開けてみればそれは名ばかりで皆を護る事も出来ない。
 何が癒しだと、何の役にも立っていないではないかと悪態をつけば、周りの者達はリオウがいる事が何よりの支えであり、力になるのだと言い募る。
 
 戦争を憂いて逃げてきた者達の中には、志願兵となった者も数多くいて。皆リオウの姿に勇気付けられ、国の為に立ち上がったのだと軍師に言われた時は、嬉しさよりも申し訳なさが先に立った。己の存在が人々を戦場という名の死出の路へと誘うのなら、軍主というより死神のようだなとさえ思う。
 それなのに救世主扱い等分不相応もいいところだ。

 そろそろ夕餉の支度が始まる時間なのだろうか。立ち並ぶ家々の煙突から煙が立ち上り始める。そこ此処から聞こえて来る我が子を呼ぶ母親の声。答える子供達の声はどこか弾んでいて。我先にと家へ向かい駆け出す子供達の楽しそうな様子が眩しくて、リオウは僅かに目を眇める。
 平和なように見えて、実際は仮初でしかない穏やかな時間が流れるこの風景を護りたい。リオウは強く拳を握る。

 決意も新たに踵を返せば、視界の隅で揺れる緑に、目を瞬いた。

「どうしたの?ルックも散歩?」
 
 小首を傾げるリオウに、ルックが不機嫌に鼻を鳴らす。

「あんたが中々帰ってこないから、心配した過保護連中が探しに行けって煩いんだよ。何で僕がこんな事しなきゃいけないのさ!」
 
 心配をかけてしまって申し訳ない気持ちと、探そうとしてくれた嬉しさが綯い交ぜになり、リオウは微妙な表情で笑った。
 そんなリオウに、益々眉間に深いしわを寄せたルックはこれ見よがしに溜息を吐いてみせる。

「どうせ下らない事考えてうじうじしてたんでしょ。まったく、だからそんな変な顔になるんだよ」
「変なって…傷付くなあ。せめて思慮深いって言って欲しい」
「…じゃあ、頭悪いのに小難しい事考えようとするからだって言い直そうか?」

 容赦のない切り替えしに、リオウの顔が今度こそ笑顔になる。

「もー、ルックってほんとに優しくないよね。まあ、突然優しくなっても気持ち悪いけど」
「何で僕が他人に優しくしなきゃなんないのさ」
「あー。他人じゃないでしょ?僕はルックの事大切な家族だと思っているよ」
「……頭でも沸いたの?」

 鳥肌が立ったとでもいいたいのか、ルックは両腕を摩りながら盛大に顔を顰める。
 そんなルックの態度に、しかしリオウの笑顔は揺らがない。それは彼が本当にリオウを拒絶していたら、初めから此処に来る筈が無い事を知っていたから。

「そろそろ戻ろうかと思ってたとこなんだ。丁度お腹も空いてきたし。あ、そうだ。どうせならご飯一緒に食べようよ」

 邪気の無い笑顔を向けられ、しかしルックは益々眉間の皺を深くする。

「冗談、これ以上付き合う気は無いよ」

 用は済んだとばかりに背を向け歩き出すルックに、素気無く断られたにも拘らずその答えが予想の範疇内だった為、リオウは僅かに肩を竦めるに留め、視線を再び城の方へ。
 和やかに見える、人々の営みは勿論の事、気安い仲間と交わすこんな他愛も無いやり取りも、己が守りたいものの一つである事に変わりは無く。ならば、今の己にすべき事は前を見据えて歩き続ける事。

 己に対し頷きを一つ。改めて振り向けば、とっくに城へ戻ってしまったと思っていたルックがそこにいるのに軽く目を見張る。
 ほんの僅かな変化でしかなかったそれを、しかしルックははっきりと認識していたようで。不機嫌さは相変わらず、舌打ちまでもが聞こえてくる。

「ルック?」

 ルックが不機嫌なのはいつもの事、然程の事では動じないリオウは、ただ疑問だけを乗せ名を呼ぶ。

「…都合の悪い事はすぐに忘れる君の事だから、数分前の事も忘れてるんだろうけど。僕は、君を探しに此処に来たんだよ」
「え?あ、うん。それは勿論…」
「だから、君を連れて帰らないとあの嫌味軍師にまたねちねち言われるんだよ!」

 忘れてない、と言おうとした言葉は途中で遮られ、畳み掛けられるように噛み付かれる。が、リオウとしては一人で抜け出す事もルックが迎えに来る事も何度か経験している訳で。いつもルックに言われれば、余程の事が無い限り速やかに戻るようにはしている。その流れは最早恒例となっていて。だから、リオウはルックがいる事に驚き先程の流れになってしまったのだ。
 その事に思い至っていないのか、ルックは仕方が無いというように大仰な溜息を吐き、

「仕方が無いから、食事ぐらい付き合ってあげるよ。その代わり僕は一銭も出さないからね」

 早くしなよ、と言い踵を返したルックに、呆然としたのは一瞬すぐにその意図を察したリオウの口元が奇妙に歪む。噴出しそうになるのを必死に堪えながら、リオウはルックの背中を追って歩き出す。全く素直じゃないルックに、それでも嫌な気持ちは少しも浮かばない。逆に心がほのかに温かくなってくる。仲間からもらうそれは、いつだってリオウに勇気と力を与えてくれるのだった。一人ではない事実を、リオウは改めて噛み締めた。










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