君とずっと | ナノ


 根源の渦の外側から

結晶のはっきりと目視できる程の無垢な雪が舞うホグズミードの街に、白銀の髪を揺らしてはしゃぐホグワーツ生がいた。

級友らしい二人の窘める声などお構い無しだ。積もる雪の道に、くるくると踊るように足跡を遺す。案の定滑って転んだ彼女は、それさえも可笑しかったのか上機嫌で笑った。

瞳の光彩は色が透けて血の色をそのまま映していたが、それはどこか温かさを感じさせた。魔法界でも稀なその容姿は、どこか浮き世を離れていて人の目を自然と引く。

黒に身を包んだ少年が、転んだ白銀の少女に手を差し出す。少女は笑って礼を言いながらその手を取って立ち上がった。その後ろからはあたたかそうなコートとマフラーを着こんだ、東洋の面立ちをした少年が寒さに震えながら追い付いてくる。

彼らはいたって普通のホグワーツのスリザリン生であるが、
少女にとってこの"日"は既に、3回目だった。


* * *


雪よりも真っ白な空間で手を伸ばす。
どこまでも果てなく白すぎて、時間の感覚も奥行きも天地もありはしない。


「まぁたかぁぁぁぁクッソぉぉぉおおお」

《おかえりなさい、ざんねんだったわね……
 こんかいはわたしもいけたんじゃないかとおもったのに》

悔しさに大声を発すると、それに対して白い空間が親身な様子で答えてくれた。どこかに反響しているようでどこにも響いていない不思議な女性の声が"私"の意識に滲みこむ。

《いっそ、あのふたりをこうりゃくしてみるのはどうかしら》
「幼馴染への愛を拗らしているあの2人を?無理ゲーよぉそんなの……」

ある日ある場所で盛大なる交通事故の犠牲になった私は意識だけがこの何もない空間に迷い込んだらしい。
そして直にまた、私はあの世界に生まれ直す。

《つぎこそあなたがみらいをつかめることをねがっているわ》
「うん……行ってきます」
《……わたしはいつでもあなたのそばに》
「ありがとう、初代様……」

会話というか念話というか、そんなやり取りが終わる前に、知覚できる範囲の端が大きく揺らぎ、じわじわと赤黒い闇が空間を侵食し蝕んでゆく。

初めて見た時はびびりきって怖かったそれも、もう慣れたもの。やがて視界のすべてが古く乾いた血のような暗い朱殷色に染まる。

しばらくすると、たゆたう身体が質量を持ち、空気に晒され、気圧と魔術的な何かを撥ね退けた。目を開ければ、無表情なアルビノの女性と、今は見慣れた体格の良い老人、この城で稼働するホムンクルス達の父が此方を見ていた。

「……戦闘用ホムンクルス、作動確認しました」
「おはよう。お前はアリアフィーツァと名乗りなさい」


培養液をぽたぽたと滴らせながら無表情で返事をする。
そろそろいい加減、あの日の先へ進みたい。


* * *


なぜかどうしてだか、ある"日"以上に先へ行くことができない。この世界にホムンクルスとして生まれ直してから、私はこの生をもう8回も繰り返していた。

1回目。本来、稼働初期は意思を持たないホムンクルス。しかしアリアフィーツァは意思を持っており……というより転生者の魂が宿っていることが、この城に稼働する全てのホムンクルスの父、「アハト翁」と俗に呼ばれる彼に光の早さでバレてしまう。そこからは散々身体や脳や魔術回路を弄くられ研究されて、身体が諸々に耐えきれずパァンして、白い空間に舞い戻った。

いやそこはさ手加減してよ、せめて運用してよ……という気持ちでいっぱいだったが、彼の存在意義であり命題である″第三魔法″に近づいた私は、粉微塵になるまで研究材料になることは運命付けられていたのだった。

″第三魔法″というのは簡単に言えば、魂を他の身体に移して不老不死を得たり、魂が保有するエネルギーを無尽蔵に抽出する魔法技術のことである。それは魂や概念を物質化させるというもので、賢者の石の発想に近いんだろうなと思う。

ただ不幸中の幸いと言うべきか、痛みの記憶はない。どうやら聖杯戦争の為の戦闘用に作られたこの身体には痛覚がないらしい。そういうリーゼリットさんいたよなぁ。


この1回目の死後、舞い戻った時に状況を教えてくれたのがあの白い空間にいた意識の正体、″初代様″だ。何の初代かというと私のこの身体のである。雪のような肌と髪、光彩の色素が抜けた真紅の瞳、整った容姿は彼女の特徴でもある。私の身体はホムンクルスの始祖、ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンを鋳造して造られた後継機であったらしい。

それを聞かされてやっと、生まれ直した世界が″知っている″世界であることを理解した。


だからそう。この世界でまず生き延びるには、意思の無い振りをしなければならない。初回はワケが分からず混乱して失敗したけれど、こう見えて実は演技力には自信がある。

周囲の無表情に合わせて、くる日もくる日も戦闘用訓練を淡々とこなす。実験用キメラ生物を、ある時は魔法で、ある時は強化された肉体で屠る。ごめんねホムンクルス一同で美味しく戴くからねぇ……

そうして約半年が過ぎる頃、私をこの境遇から救ってくれる王子様がこの城に現れるのである。

……ごめんなさい、王子様なんて柄じゃありませんでした。
闇の帝王の名を世界に馳せ始める前の、ヴォルデモート卿。ホグワーツ魔法学校への就職活動に″お祈り″され、かわってボージン・アンド・バークスに就職し、魔法具バイヤーになったリドルさん。彼が聖杯の話を聞き付けてここドイツのアインツベルンの城へやってくるのである。


それは、今日。
侵入者排除の為に逸早く駆けつける私と対峙する。

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