ティータイム


 ぽりぽりと音が聞こえて顔を上げれば、彼女はソファの上に足を乗せて本を読んでいた。
「何か食べてるの?」
「え?」
 彼女は顔を上げる。口の周りには何も付いていなかった。
「ん、あ、この小説、クッキーみたいな感じだから」
 彼女はしばらく考えた後、へらっと笑いながら答えた。
「…またそれ読んでるの?」
「時々無性に読みたくなるんだよ」
 少し自慢げに微笑む彼女の手の中にある本の表紙は、これまで何度も見た事がある。もちろん彼女の手の中に収まった姿をだ。
 図書館から借りてきたもので、ところどころに黄色いしみが飛んでいる。
 何度も読んでいる姿を見てはいるが、ぽりぽりという音は初めて聞いた。
 彼女が足を自分の方に引き寄せ、さらにコンパクトになろうとする。
「とっても濃いのよ」
 膝の上に乗せた文章に目を走らせながら、彼女は呟く。
「濃すぎて、満足するまで読んだら、しばらく読まなくていいかなって思うの」
 それまで見ていたテレビの内容にもうついていけない。彼女の話にじっと耳を傾ける。
「でもふとした瞬間に、いろんな場面が目の前をよぎっていくの。真夜中に作るケーキと満月だとか、乾き切ったプールだとか、腕の中で息絶えるエレベーターボーイだとか。ふとした瞬間に無性に彼らに会いたくなるの」
「俺が目の前にいるのに?」
「そうよ。恋愛なんかよりも彼らと会話する方が有意義に思えることだってあるもの」
 唇を尖らせて彼女はのたまう。
 大して怒りを覚える事も、嫉妬に狂う事もなく、ふーんと軽い返事を返した。一瞬間が空いて、このままの空気に流されてしまいそうだったが、その小説に疑問が生まれて言葉を発する。
「そんなに壮大で夢中になるような冒険なの?」
 彼女は一瞬呆けた顔をしたけれど、優しく諭すように微笑んだ。
「そんな大層なものじゃないわ。ただ、彼らと寄り添うだけよ。冷たい大理石の横に寝そべって、静まり返った空気の中を漂うの。彼らの残していった余韻に浸って、何も考えず耳を澄ましているの。何も聞こえないのに、それがとても心地よくて、紅茶クッキーのように思わず手をのばしちゃうのよね」
 彼女のその小説に対する感性というものは全くもって理解できなかったが、彼女の今とっている体勢はなるほど、確かに彼女が紅茶クッキーを運んでいる時と同じだ。クッキーをかじる音がしてもおかしくはない。
「…今更だけど、本読んでてごめんね?」
「…本当に今更だよ。いいよ、読んでて」
「…ごめんね?」
「違う、俺は謝ってほしいわけじゃない。俺は、一緒にいるだけでいいと思っているから。クッキーを齧る君も、どこか遠くで寝そべっている君も、好きだから。好きな所へ行ってくるといいよ。大丈夫、待ってるから」
そう伝えると、彼女は数秒間を開けて、心底安心したように笑った。
「ありがとう」




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