※2017イタチ誕生日の一年後 ※イタチ生存ifで一人暮らししてます 本当に梅雨入りしたのかと疑うような暑い昼。紫陽花が両脇に咲きみだれる坂道を、白い紙袋を片手にのぼっていく。 青やピンクや紫の花弁が入り乱れて咲く様子は、綺麗なんだけれど、この日差しの下では曖昧に色が混ざりあって、少々ごちゃついて見える。やっぱりこの花は、雨の下の方が、凛と美しく見えるような気がする。 三十度を越える気温に、蒸し器の中みたいな息苦しいほどの湿度。紫陽花も私もぐったりとしてしまうのは仕方のないことだった。 紙袋の中の小さな箱を揺らさないように、アパートの階段を慎重にのぼった。袋の底が地面と水平になるように持って。 玄関の前に立ち、チャイムを鳴らそうとした途端、目の前のドアが勢いよく開いた。驚いて身を引いた拍子に、せっかく慎重に運んできた紙袋が大きく揺れた。 「……!」 中から出てきたイタチと目があう。二人して驚いた顔のまま、無言で数秒見つめあってしまった。暗部装束を隙なくきっちり身につけたイタチと、Tシャツにゆるっとした花柄パンツを着ている私は、あまりにも対称的だった。思い出して慌てて飛び出してきたせいで、ほぼ部屋着みたいな格好で来てしまったのだ。 「……これから任務?」 「ああ……。すまない、オレに用事だったか?」 「……用事ってほどの用事じゃーないんだけどさ」 何だ、せっかくイタチと食べようと思ったのに。白い紙袋に目を落とす。持ち歩き時間15分と答えたから、保冷剤は一個しか入っていない。 「……ケーキ、買ってきてくれたのか?」 「……うん」 「今年は覚えててくれたんだな」 イタチがふっと微笑んだ。どき、と心臓が跳ねる。最近の私はどうも様子がおかしい。イタチがちょっと笑うだけで、なぜか嬉しくなってしまったり。 思い出したのはつい一時間ほど前です、とはとても言えなかった。 「自分の誕生日に任務入れるなんて、相変わらずイタチは真面目というか……」 「いや、さっき急に呼び出されてな」 イタチは私よりも火影様の信頼が厚くて、たぶん私の倍以上は忙しく働いている。最近、同じ任務についたのは、もう何週間前だろう? 「そっか……早く終わるといいね。夜は実家に帰るんでしょ?」 そろそろ話を切り上げないといい加減悪いな、と思いながらそう言った。 イタチは「いや……」と言って、少し言い淀む様子を見せた。 「そのつもりだったが……予定変更だ」 「……?」 「必ず今日中に帰ってくるから、オレの部屋で待っててくれないか?」 イタチにじっと見つめられて、言葉を失う。 墨色の瞳は真剣な様子で、何だかたじろいでしまった。 「必ず帰るって……それって何かのフラグみたい」 「フラグ……?」 「縁起でもないことが起きるフラグ……」 イタチはピンと来てないようで、首を軽く傾げている。 「……何時間もイタチの部屋で一人で待ってるなんて退屈だからやだよ」 何となくイタチの目が見れなくて、私は俯く。 「ダメか……?」 少し沈んだ声に驚いて、またイタチの顔を見上げた。相変わらず真剣な顔をしているから、茶化せなくなって、……紙袋を握る手に力がこもる。 「……なんで待っててほしいの?」 「……大事な話がある」 「だから、変なフラグ立てないでってば!」 「フラグって何だ?……意味がわからない」 本当にわかってない様子のイタチの胸に、ケーキの紙袋を押し付けた。 「はい、冷蔵庫にしまってってね」 「……二つ入ってるんだろう?」 「……どっちもイタチが食べていいよ」 「嫌だ。……お前と食べたい」 イタチは紙袋を受け取らずに、その顔を急に近づけてきた。みじろぐ私の肩を掴んで、……端正な顔立ちで、じっと見つめてくる。 「……ち、近いよ……イタチ」 やっと声を振り絞って伝えても、イタチはまだ私を見つめていた。 「誕生日、祝ってくれ」 イタチがこんな風に、我儘を言ったことなんて今まであっただろうか。混乱していると、また顔が近づいて……キスされる、と思ったら、予想に反してぶつかったのは額と額だった。 イタチは数秒私を見つめたあと、結局何もせずに、ふっと顔を遠ざけた。ばくばくと心臓が音をたてる。 「な、何なの……!」 「……もう行かないと」 答えになってない。イタチは何事もなかったかのように私の横をすり抜ける。 「いってらっしゃい……あ、ケーキ、冷蔵庫に」 「入れといてくれ」 「うん……え、待ってイタチ、鍵は!」 イタチは私を部屋の前に残したまま、廊下をスタスタ歩いて行ってしまう。 開けっ放しで追いかけていいものか迷っていると、イタチは階段を降りる手前で振り向いた。 「誕生日なんだ。……我儘の一つぐらい、聞いてくれ」 そうして、彼には似合わないほどの無邪気な顔で笑った。イタチのそんな笑顔も、いつになく強引なセリフも、まるで彼じゃないみたいで。 呆気にとられているうちに、イタチは私に背を向けて行ってしまう。 仕方なくイタチの部屋に入った私は、内側から鍵をかけて、小さくため息をついた。 イタチが帰ってきたら、一体何を言われるんだろう。心のなかは、不安とかすかな期待のようなもので、紫陽花の花のように、ごちゃ混ぜの色彩だ。 冷蔵庫にケーキの箱をしまいながら、ちゃんとフラグへし折って、無事に帰ってくるんでしょうね……とイタチを思った。 そういえばまだ、誕生日おめでとうの一言も言えてない……。 イタチが帰ってきたのは日付変更ギリギリの時間で、待ちくたびれた私は無言で、イタチに体当たりした。 そのまま抱き締められて、私達の関係はついに変わってしまった。 6月9日があと数十分で終わる、真夜中の事だった。 --------------------- イタチお誕生日おめでとう! 20180609/蒼村咲 |