花笑み


久しぶりの休日。ドアを叩く音に起こされて玄関を開けると、眩しい朱が目に飛び込んできた。

「カカシくん!ピクニックいくよ!」

「……はい?」

燃えるような朱い髪の女の人……クシナさんは、満面の笑みを浮かべて、大きなバスケットをオレの前に差し出した。

「おにぎりもサンドイッチも、沢山つくってきたってばねー!」
「どっちも主食じゃないですか……」

ピクニック。そんな約束をした覚えは無い。

そもそも生まれてこの方、オレはそんな浮かれた感じの横文字には全く縁が無かった。
……確か、天気の良い日に外に出て、シート広げてご飯たべるっていう……能天気な行事の事だったと思う。

イマイチぴんとこないで突っ立っていると、クシナさんは有無を言わさずオレの腕を掴んだ。

「ほら、絶好のピクニック日和だってばね!」

引きずり出された外は確かに、眩しいほどに晴れていた。日差しは暖かく、鳥のさえずる声まで聞こえてくる。

ふと、そんな平和な空気を乱す、不吉な気配を感じた。
……正体は解っていたけれど、オレは恐る恐る道の向こうに目をやった。

ゆらゆらと空気を捩曲げるような、ドス黒いチャクラを放っているその人は、
黄色い髪をさらりと揺らし、顔には一見して爽やかな笑顔を浮かべながら、こちらへ向かってゆっくりと歩いてきた。

「おはよう!カカシ」

片手を上げて挨拶をよこしたミナト先生は、口の端こそ上がっていたけれど、その目は全く笑っていなかった。


「……おはようございます」


引きつりながら返事を返す。……朝から胃がきりきり痛い。それにしてもミナト先生の金髪は青空の下に良く映える。現実逃避のようにぼんやりと考えた。

「早起きして三人分のお弁当つくるの大変だったのよ!」

クシナさんがにっこり笑った。一体何故オレを当たり前のように頭数に入れていたのだろう。

「……クシナさん、あの人、何で朝からあんなに機嫌悪いんですか?」

こそこそとクシナさんに耳打ちをすると「え?機嫌悪いって?ミナトが?」ときょとんとしている。
その瞬間、目の前でミナト先生の不機嫌チャクラが増大した。
ピリピリとした殺気を肌に感じる。……ヤバイ。

ミナト先生はオレがクシナさんに耳打ちをしたのが気にくわなかったらしい。
オレは慌てて彼女と距離をとった。ところが。

「アハハ!カカシくんの寝癖、今日は特にひどいってばね?昨日は夜更かしでもしたの?」

クシナさんは突然、オレの頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。

「わっ!やめてくださいよ。余計に寝癖がひどくなる!」

彼女は昔からオレを弟か何かだと思っているのか、若干スキンシップが多めだった。
オレが慌てれば慌てるほど、クシナさんは面白がって、

「いっそまとめちゃう?私のピンで前髪とめてあげようか」

と提案してくる。

「結構です!」

オレは抵抗しながらも……ミナト先生から向けられる殺気のような物が気になって仕方が無く、胃がますます、きりきりと痛んだ。
ちらちらとミナト先生の様子を伺うけれど、師はあくまでもにこやかな表情を崩さない。
けれどドス黒いオーラのような物が見えるのは絶対に気のせいでは無い。クシナさんは何故気づかないんだ。

「クシナ、カカシをからかうのはそのくらいにしてあげて。はやく行かないともうお昼になっちゃうよ?」
「そうだってばね!」
「ほら、早くこっち来て」

ミナト先生が笑顔でクシナさんに手招きする。なんとなく、『カカシの事は呼んでません』というように見えたのは気のせいだろうか。気のせいじゃないんだろうな。

「じゃ、カカシくん、行こっか!」

クシナさんはオレの手をぎゅっと握った。
やっぱりこの人はオレを小さな弟か何かだと思っている節がある。
けど手なんか繋がれたらもう、色んな意味で死にそうだ。

ミナト先生の鋭い目が、繋がれたオレとクシナさんの手に向けられている。
十も離れた弟子に対して、嫉妬深すぎやしませんか……。

もはや天にも立ち上がらんばかりの禍々しい嫉妬のオーラが出ているミナト先生の方へ、オレは半泣きになりながら引き摺られていった。



四代目火影・波風ミナトが、恋人であるうずまきクシナの事を溺愛しているということは、この里の忍ならば誰もが知っている事だった。
その恋心は、どうも彼等が少年少女だった頃から続いているらしい。
オレがこの世に生まれ落ちたときには、すでに先生とクシナさんは出会っていたわけで、
絵に描いたような、小説の中にしかないような、純真一途な恋愛をしているこの二人のことが、オレは少し、いや大分、羨ましかったし、憧れてもいた。

羨望はすれども、二人の関係を、二人の休日を邪魔するつもりなど、オレには毛頭ないのだ。
それなのに。

「カカシはいいなあ……」

隣を歩きだしたミナトさんはボソッと、オレにしか聞こえない音量で呟いた。
それはそれは低い、ドスの効いた声で。

視線は相変わらず、オレとクシナさんの繋がれた手に向けられている。

「先生もクシナさんと手を繋げばいいじゃないですか」

小声で言い返すと、ミナト先生は拗ねたようにぷいと横を向いた。

「思春期の多感なお年頃のカカシの前で、あんまりいちゃつきたくないんだってさ」
「……だったら何でオレを誘ったんですか」
「クシナが最近キミを構ってないって言うから」
「……構ってくれなくてもいいのに」

そう返しながらも、オレはちらりとクシナさんの方を見上げた。機嫌が良さそうに鼻歌を歌っているこの女の人は、いつも大きな声で元気におしゃべりをしていて、性格は火のように明るくて、行動は台風みたいに唐突で。およそ忍には向いて無さそうだけれど、ミナト先生も認める強さを持っているくノ一で。

初めて会った時から、何だか憎めない人だった。

家族も、友も、全てを失ったオレの事を、クシナさんはいつも気に掛けてくれていた。
それはきっと、ミナト先生がオレを気に掛けてくれていたからなのだろうけれど。

「まあ、ピクニックは大勢の方が楽しいからね。カカシも休日は外に出て、太陽の光をあびたほうがいいよ。背、伸ばしたいんだろ?」
「オレは植物じゃありません!」

ミナト先生はくすくすと笑った。今に見てろ……そのうち先生の身長なんて越えてやる。
近頃は毎晩成長痛があって、痛くて目が覚める程なのだ。記憶の中の父さんも背は高かったはずだから、オレはその点はちっとも心配なんて、していない。

「まったく十も年下の子供に嫉妬するなんて……」
「ん?カカシ、何か言ったかな?」
「いいえ、何も……」
「そう。ならいいけど」

「二人ともこそこそ喋って、ほんとに仲良しだってばね」

クシナさんはミナト先生が醸し出している禍々しいオーラにまるで気づいていないらしい。ホントに忍なのかと疑いたくなるけれど、恐らく先生は、オレにしかわからないように殺気をぶつけてきているのだろう。まったく器用な人だけど、火影の名を背負うその才能を、完全に無駄遣いしていると思う。


クシナさんを前にしている時の先生は、何だかいつもより人間味があるというか……いっそ子どもっぽすぎる時もある。
この人は本当にオレの尊敬する四代目火影なのか……と呆れる事もあるけれど、それだけ好きになれる人がいる事は、やっぱり少し羨ましいのだった。



昨日の任務終わり、執務室に報告に立ち寄ると、ミナト先生……四代目は随分と機嫌が良さそうだった。

『明日は久しぶりにクシナと二人で過ごせるんだよ!カカシ!』

大の大人が喜々としてはしゃいでいたのを、オレは嫌というほど目の当たりにしたのだ。

『そんなにはしゃぐのは執務室の中だけにしてくださいね』
『ん?何で?』

里の長たる火影様が、でれでれでれでれしまくっていたら、子供達のイメージが崩れそうだ、とか、この人は考えないんだろうか。
そんな風にはしゃいでいた姿を知っているから、正直なところ、ミナト先生の様子には同情しないでもなかった。

大方クシナさんが急に思い立って、『そうだ、カカシくんも誘ってピクニックに行こう!』などと言い出したのだろう。
ミナト先生はクシナさんには逆らえないので、『……ん!それはいいね!』とか言ったんだろうけど、本当は二人きりで過ごしたかったに決まっているのだ。

そして今、思いっきり拗ねているのだと思う。

火影の激務の合間を縫って、ようやくとれたクシナさんと過ごせる時間なのだし、今だって、いつ呼び戻されるかわからないのだと思う。

すみません、オレなんかが邪魔しちゃって……。オレは心の中で先生に頭を下げた。

「……まあ、最近は忙しくて、確かにカカシともあまり話せてなかったから、いい機会かもね」

オレの心を読んだようなタイミングで、先生がそう言った。
驚いて見上げると、ミナト先生はにっこりと笑っていた。

さっきまで大人げない殺気を向けていた人とは思えないけれど、オレは何となく気恥ずかしくなって、目をそらした。






草原の中の小高い丘に、何だか明るすぎるオレンジ色のビニールシートを広げて、三人並んで座った。
クシナさんのつくったおにぎりとサンドイッチはとても美味しかった。からあげとリンゴと卵焼きもあったので、少しだけほっとした。野菜が少なめなのは、ちょっと気になるけれど……クシナさんってもしかして、野菜が苦手なんだろうか。


いつの間にか春が来ていたんだな。任務の最中にはこんなにのんびり季節の移り変わりを気にしてみる事も無かったけれど、今日は風がとても暖かい。

お弁当をすっかり食べて、満腹になる頃には、ミナト先生の機嫌もすっかり治っていた。
ついでに、オレの前でもお構いなく、クシナさんとイチャイチャしはじめたので、オレは溜息をつきながら文庫本を取り出した。

「クシナ、髪の毛からまってるよ」
「えっ、ほんと?」
「じっとしてて。オレがほどくから……クシナの綺麗な髪は一本残らずオレが守るよ」
「あはは!おおげさなんだから!髪の色だったらミナトの方が綺麗じゃない」

ああ、イチャイチャイチャイチャしてるな今日も。

クシナさんはイチャついてるつもりは無いんだろうけど、先生は絶対わかっててやっていると思う。見せつけて楽しんでいるのだ。ああほんと、見てられない。

黄色い閃光のこんなにゆるみ切った表情を見たら、里の女性ファン達の目も醒めることだろう。


「見て!ポピーがこんなに咲いてる!」

クシナさんは少女のようにはしゃいでいる。足元には、赤や黄色や桃色の花がいくつも風にゆれていた。青空を背景に、花を見て顔を綻ばせるクシナさん。風がふわりと吹いて、朱色の髪をすくった。

「本当にきれいだな……」

つい呟いてしまった言葉を、ミナト先生が聞き逃すハズも無く。

「クシナに手ー出したら……わかってるよね?」
「は!?違いますよ!オレが言ったのはクシナさんじゃなくて、花が……」
「……クシナより花の方がきれいだって言うの?」

……めんどくさい。この人心底めんどくさい。

「二人とも、ケンカしないでね?」

不穏な空気を察知したクシナさんがそういった。

「ケンカなんてしてないよ。カカシが不埒な考えを起こさないように、師として指導しているだけで……」
「何が指導ですか、十も年上なのにヤキモチばっかりやいて、本当に大人げないですよ先生」
「……随分生意気言うね、カカシ。大体キミが……」

「いいかげんにするってばねーーー!!」

クシナさんの怒号にオレ達は揃って体を揺らした。
赤い髪が妖怪のようにゆらゆらと揺らめいている。怖っ……!

「ん!わかった!ケンカなんかしないよ!ね!カカシ……!」
「ははは……!そうですね。いやーピクニック楽しいなあ……」

ミナト先生が青ざめるところなんて中々見れない。
木ノ葉の里で最強なのは火影じゃない。間違いなく、その恋人のこの人だと思う。














「カカシ先生?何ぼーっとしてるんだってばよ……?」
「……あ、ああ」


暖かな陽光、抜けるような青空。一面に広がる草原と、足元の花。風に揺れているその真ん中に、一際輝くオレンジ色。

ひよこみたいな金色頭の子供が、不思議そうに首をかしげた。
青空をうつしたその瞳に、思い出がゆるやかに重なる。

「何だよ先生。腹でも痛ェのか?」
「いや……何でも無いよ」
「……ホントかよ?なーんか変だってばよ。ま、カカシ先生が変なのはいつもの事か!」

にしし、と笑ったナルトは頭の後ろで手を組んだ。そういう笑い方は、クシナさんにそっくりだった。その色はミナト先生ゆずりだったけれど。


ナルトの髪に、顔に、懐かしい記憶がうかんでは消えて、胸の奥がつきりと痛んだ。

あの二人が生きられなかった未来に、……二人の大切な子どもを導く事の出来る立場に、オレは今、立っている。

「ナルトー!どこまでいったのー?」

遠くでサクラの声がした。

「今行くってばよー!!」

駆け出していく金色頭。草原のむこうでそれを待つ、サクラとサスケが見える。花畑に紛れてしまいそうな明るい黄色は、まるで季節外れの向日葵だ。




今はまだ話せない。

けれど、いつか必ず。

あなたたちがどんな二人だったか、ナルトに話してやれる日が来るだろう。


風がぶわりと吹いて、いくつも咲いている花を揺らした。





「カカシ先生と何話してたの?」
「良くわかんねぇけど、カカシ先生ボケっとしてたってばよ」
「……あいつ、まだ突っ立ってるぞ」

三人の子供たちは、遠く、花畑の中に佇むカカシの後ろ姿を見つめた。
風が銀髪をゆらしている。寂しそうにも、何かを懐かしんでいるようにも見える、振り返ることのない背中。

「どうせイチャパラでも読んでたんでしょ?」
「まったくあの変態上忍は……」

サクラとサスケに相槌を打つ事も忘れて、ナルトは考えていた。さっき、カカシに話しかけたとき、一瞬はっとしたような目をしたのは、一体なぜだろう。

あの時カカシは自分をすり抜けて、どこか遠くを見ているみたいな目をして……遠く、ずっと昔のことを見ているような、何となく、そんな気がしたのだ。


「誰かを思い出してるみてーだった……」

「え?ナルト、なんか言った?」

「……」


ナルトの隣を、風が会話するようにすりぬける。
その風は笑うように膨らんで、花の香りを乗せて、少年と少女の声をつれて、まだ佇んでいるカカシの方へ吹き抜けていった。


fin.

カカシの大切な記憶。
20180314 加筆再掲
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